■4-8 時々変なことを思いつくようになった

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

更新

前回のあらすじ

2020年は平凡な年になりそうです、といった話がスマホのニュースに流れていた。霊媒師・鵜沼ハルの物語は、これで終わりである。あとは補足程度に、俺が関わった人たちのその後について説明したい。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■4-8 時々変なことを思いつくようになった

 ハルさんと最後に会ったのは年明けまもない頃だった。埋蔵金の実像についてまとめた話を、依頼主である店主に説明するために「喫茶モダン」に集まった日だ。 
「おそらくそうでないかと、私も思っていたんだけどね」 
 というのが、俺の話をひととおり聞き終えた店主のコメントだった。 
「町の記憶を探ってもらうのが、とても楽しい時間になっていたんだ。だから、彼女にはこれからも仕事を続けてもらおうと思っている。父が私財を投じて町を守ったように、私は町の記憶を守っていきたいんだ」 
 立派なことだと思います、と俺は答えた。本音なのか世辞なのか自分でも判断しかねた。 
「もしよければ、君にもハルさんの助手を続けてほしいんだが」 
「そうですね、2年から実験が忙しくなるので、今までほどは出られないと思いますが、何かあったら呼んでください」 
 そう曖昧に答えて、それからハルさんのほうを見ると、 
ゆたかくん」 
 いつもの黒紋付きでコーヒーカップを持ちながら、ハルさんは俺に向かってそう微笑んだ。 
「今までありがとね。千代子ちよこちゃんにもよろしく」 
 と、まるで別れを見越したかのようなことを言った。そして結果的に、それが別れとなった。 

 実際のところ俺は、あの時点では、まだハルさんのもとで仕事を続けてもいいと思っていた。そう思っていたと思う。 
 あの石碑を見つけたことで、俺がバイトをしている目的も、役割も、ちゃんと果たせたような気はした。ただ、石碑発見に至るメカニズムを、もっと言えば、ハルさんの持つ特異な観察力と記憶力の実態を、より詳しく知りたいという感情はあったのだ。 
 ところが、そんな俺の意思とはまるっきり無関係な理由で、俺はハルさんと会うことができなくなった。 
 というのは、その年から新型コロナウイルスというものが流行りだし、あらゆる外出が規制されてしまったからだ。 
「ハルにはすでに説明はしましたが」 
 そう連絡してきたのはサクラだった。ちょうどニュースで全国の小中高の休校要請が発表され、電話越しのサクラもずいぶん切羽詰まった声をしていた。 
「もしハルから連絡があっても、会うのは断るようにしてください。なにぶん彼女は高齢ですので、よろしくお願いします」 
 とのことだった。この場合ハルさんの年齢は関係ないと思うが、もちろんそんなことは言わず、 
「ハルさんは俺たちよりもこういう事態を知ってるだろうから、そのへんは大丈夫なんじゃないかな」 
 と言っておいた。なにしろスペイン風邪を体験した世代なのだから。 
 このままなし崩し的にバイトが終わるのであれば、何か別れの挨拶を言いたいような気がしたが、それも考えてみると妙な話だった。なにしろ俺は、鵜沼うぬまハルという人間には、一度も会ったことがないのだから。 
 そういうわけで、俺が霊媒師のバイトを続けたのは、2019年の5月から翌年1月、合計9か月間ということになる。20歳前の若者にはそこそこ重量感のある時間だ。後から思い返してみてもそう思う。 
 ただ、俺はその間に、一度も幽霊を見なかったし、幽霊の声を聞くこともなかった。 
 そして相変わらず、今も幽霊を信じていない。今後も信じることはないだろう、と思っている。 
 ただ、ハルさんのことは信じている。 
 鵜沼ハルという霊媒師がかつてこの町に存在し、その特異な能力で多くの人たちに影響を与えたことを、その影響が今も、子孫たちに受け継がれていることを、俺は体験として知っている。