君と漕ぐ

君と漕ぐ

  • ネット書店で購入する

 自己紹介を促され、舞奈は慌てて口を開く。
「一年一組の黒部舞奈です。カヌーに興味があって来ました!」
「湧別恵梨香です、舞奈とは同じクラスです」
「カヌーに興味あるなんて珍しいね。クラブとか入ったりしてた?」
 希衣の問いに、二人は揃って首を横に振った。そっか、と千帆が頷く。その横顔は、どこかほっとしているようにも見えた。
「じゃ、まずはカヌー部そのものについての説明からかな。こっち来て」
 希衣の誘導に従い、舞奈と恵梨香はプールサイドに足を進める。透き通ったターコイズブルーの水面のそばには、二艇のカヌーが置かれていた。
「これが我が部の所有するカヌーです、シングル―だと分かんないか、えっと、一人乗り用のカヌーは置き場にあるものを含めるとこの学校に三艇あります。あ、ちなみにカヌーとボートの違いって分かる?」
「前向きに進むのがカヌー、後ろ向きに進むのがボートですよね」
 恵梨香に言われた説明をそのまま繰り返す。よく知ってるね、と千帆は感心したように目を見張った。希衣はプールに指の第一関節だけを浸すと、ピンと強く水を弾いた。
「観光地とかで見るカヌーって、もっと太いというか、平べったい形をしてるんだよね。これは浮力と抵抗の問題なんだけど、要は重いものを水に浮かせようと思ったら抵抗が大きい方が安定するわけ。だけどね、私たちが使ってるカヌーは御覧の通り、びっくりするぐらい細いでしょう。これは、抵抗を極限まで削るためのデザインなの。競技用カヌーの特徴だね」
 なるほど、と神妙な面持ちで相槌を打つ舞奈に、希衣は言葉を続けた。
「カヌーって一口に言っても、種目にはいくつかの種類があるの。私たちがやってるのはスプリント。フラットウォーターっていう呼び名の通り、障害物のない水を進むスポーツだね。ま、陸上の短距離走とかと同じ、直線距離の速さを競う競技ってこと」
「オリンピックで日本人選手がメダルを取ったことがありましたよね。こう、渓流下りみたいな。障害物を越えていくやつ」
「あぁ、あれはスラロームっていう競技だよ。二五〇メートルから四〇〇メートルのコースの中に、番号が振られたゲートがあるの。それを順番に進んでいくって競技。国内だとなかなか練習できる場所がないから、競技人口は少ないんだけどね。その他にも、カヌーに乗ったままバスケみたいなことをやるカヌーポロとか、激流を下るワイルドウォーターとか、マイナーだけどいっぱい競技があるんだよ」
「はー、知らなかったです」
「でしょう? 如何いかんせん、知名度が低いからね」
 自虐じぎゃくめいた口調で言い、希衣は併設された更衣室を指さした。
「ま、とりあえず二人とも乗ってみよっか。今日はこっちで練習用の服を用意したから、とりあえず向こうで着替えてきてね」
「え、最初から競技用カヌーに乗せるの?」
 慌てた様子で口を挟んだのは、副部長の千帆だった。希衣が首を捻る。
「なんか問題ある?」
「初心者の子にいきなりはきつくない?」
「どうせ慣れなきゃいけないんだから、それだったら最初から乗った方がいいでしょ」
「それはそうかもしれないけど…」
 口ごもる千帆を横目に、希衣は後輩二人に着替えを促す。舞奈と恵梨香は顔を見合わせると、駆けるようにして更衣室へと向かった。