こいごころ

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 今までだと、倒れた若だんなはそのまま長く寝付き、長崎屋の妖達に看病されることになった。ついでに兄や達から𠮟られ、親が狼狽うろたえるのが、いつものことであったのだ。
 ところが今日の若だんなは、直歳寮で布団に寝かされて直ぐ、飛び起きる事になった。夢の内へ入った途端、悪夢を喰らう獏、場久の半泣きの顔を、正面から見たからだ。
「若だんなだっ、見つけたーっ」
 場久に飛びつかれ、若だんなは夢内で魂消た。そして布団から飛び起きると、夢内にいた場久も若だんなに引っ張られ、広徳寺の直歳寮へ飛び出る。僧と、広徳寺にいた妖達が、何事かと目を見張った。
「こりゃ、長崎屋の場久じゃないか。なんで広徳寺へ、いきなり現れるんだ?」
 板間に転がった場久は、ここでひょいと身を起こすと、辺りを確かめる。そして、若だんなが無事に寝かされているのを目にし、場所は広徳寺だと得心すると、ほっと息を吐いた。
 それから頭をきつつ、妖退治で高名な僧へ目を向け、語り始めた。
「ああ、良かった。若だんなは寛朝様の所にいたんですね。夜中、夢に現れた妖の為に、いきなり長崎屋から消えたんです。道端で倒れてるんじゃないかと、長崎屋の妖達は今、皆で必死に探しているんですよ」
 特に兄や達は、夢内に現れた妙な妖を取り逃がした為に、若だんなが行方知れずになったと、何時いつにない程、恐い顔をしているという。そっぽを向いた老々丸へ目を向けてから、秋英は苦笑いを浮かべた。
「あの、夢に現れた妖とは、ここにいる狐仙、老々丸です。この妖狐から、事情は聞いております」
「おや、夢内の妖、まだ若だんなと一緒にいたんですか。だから若だんなは、病になって倒れているんですか?」
 場久の目がつり上がったので、若だんなが慌てて止める。
「私は長崎屋に居た時から、寝付いてたよね? 具合は昨日から悪かったよ」
「そういえば…そうでしたね」
 場久が少し落ち着いたので、若だんなは場久へ、かいつまんで事情を伝える事が出来た。
 まずは老々丸が夢内から、若だんなに、笹丸を救ってくれと頼んできたこと。
 すると途中で兄や達が、夢内にいる妖しい者に気がつき、夢に大穴を開けたこと。
 若だんな達はそこから、遠く、隅田川のほとりにまで落ちてしまったのだ。
「落ちた時、隅田川の堤は昼間だったよ」
「なんと、若だんなは時をまたいで、昼に落ちたんですか。ああ、それで探しても、今まで、見つからなかったんですね」
 夢を裂いてしまった兄や達が、それはそれは心配している。場久は、若だんなと早く長崎屋へ帰りたいと言ったが、若だんなは倒れた所であった。
「今、立たせて、舟に乗せるのは無謀だぞ」
 寛朝がそう告げると、場久は仕方が無いから、とにかく自分が長崎屋へ、知らせに戻ると言う。すると老々丸と笹丸が、不安げな顔になる。若だんなは寝床から慌てて、妖狐達がどうして、若だんなの夢内へ来たのか、一番大切な訳を場久へ伝えた。
「場久、そこにいる妖狐、小さな笹丸が弱ってて、心配なんだ。老々丸は打てる手を、探してるんだよ」
 それで若だんなに、おぎんのいる荼枳尼天の庭へ、笹丸を連れて行って欲しいと頼む為、夢内に入ったのだ。
「だけど、私は寝込んでいるし、おばあ様は今、どこにいるのか分からないみたいで」
 代わりに、若だんなは広徳寺の寛朝に、笹丸を救って貰えないだろうかと考えていた。
「でも広徳寺では、化け狸の田貫屋さんの問題が起きていた。まだ寛朝様と、話し合いすら出来てないんだ。兄や達へ知らせるのは、少し待ってくれないか」
 二人が広徳寺へ来たら、若だんなは直ぐに、長崎屋へ帰らねばならなくなる。だが寺を離れたら、笹丸がこの先どうなるのか、気に掛かってしまうだろうと言った。
 場久は不機嫌な顔で、ようよう気がついたというように、小さな妖狐に目を向ける。
「妖狐の笹丸って子の為に、全ての話が始まったと言うんですか。弱って、困ってるからって、何で寝付いてる若だんなを巻き込むんですか?」
 ところが。場久は何故だかここで急に黙って、眉を引き上げた。それから口を開こうとしたのだが、直ぐには声が出ないでいる。
「場久、どうしたの?」
 問われて、悪夢を食う獏は、ゆっくりとした口調で若だんなへ問いを向けた。老々丸と笹丸は、何を本当に望んでいるのかと、知りたがったのだ。
「本当にって…どういうこと?」

(つづく)