こいごころ【2】
【試し読み】960万部突破!「しゃばけ」シリーズ最新作『こいごころ』
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しかし、諾と言うのは容易いが、その後が、酷く難しい。
(仁吉や佐助に話したら、間違い無く、出掛けるのを止められるよね)
病の身だから、一人ではろくに動けない。となると、だ。
(もし、おばあ様を探しに行くなら、長崎屋の妖達に力を借りたい所だ)
だが手伝いを頼むのは、剣呑でもあった。若だんなの他出に力を貸したと分かったら、妖達はきっと兄や達から酷く責められる。
(妖達をそんな目に、遭わせたくないよね)
迷う。酷く迷う。
若だんなは返事が出来ず、身を僅かに震わせる。
すると、また鳴家達が鳴き出した。
「きゅい、若だんな。寝てないと、お熱上がる」
「きゅんい、闇に浮いてる目、誰の目?」
「きゅげ、二人居る。若だんなと話してる」
鳴家達は首を傾げ、きゅい、きゅわと声を重ねた。
「若だんな、知らない妖、何で離れにいるの?」
その時であった。一面の闇が、一層暗くなったと思ったら、いきなりそこへ、良く知った顔が現れてきたのだ。
「おや、場久だ。どうしたの、こんな夜中に?」
問われた妖の顔つきが、厳しかった。
「若だんな、あたしが抜かりました。やっぱり夢の内に、妙な奴が現れてたんですね」
悪夢を食う獏、場久は、長崎屋辺りの夢内を、自分の陣のように見なしている。夢内こそ獏が、平素いる場所なのだ。
つまりそこへ、勝手に老々丸達が入り込んだものだから、怒りを露わにしていた。
「しかもこの狐達ときたら、いささか力を持っていそうだ。それで己達の事を、上手く隠してたんですね」
鳴家の声が夢内から漏れ出て、場久はやっと気がついたのだ。己が急ぎ離れに来たので、今は屛風のぞきや他の鳴家達も気がつき、離れは不安に包まれているという。
「長崎屋の、妖の危機です!」
勿論、兄や達も鳴家達の声には、気がついている筈であった。夢内は勝手が違うので、場久が先に若だんなの元へ来たが、じき、二人もこの場へ現れるに違いない。
「そうか。兄や達が怒ること、請け合いなんだね。あら困った」
「若だんな、のんびり困ってる場合じゃないです。早くその妖狐達に、去ってもらって下さい。それが一番、皆が安心する終わり方です」
兄や達が夢に踏み込んで来た時、妖狐二人が居座っていたら、場久は間違い無く、後で大目玉を食う。
屛風のぞきも鳴家達も、何で離れの夢内に、余所の妖者を入れたのかと、𠮟られる。そして稲荷にいる守狐達まで、どうして他の妖狐が長崎屋へ入れたのかと、何故だか怒鳴られるのだ。
「若だんな、離れが大騒ぎになっちまいますよっ。みんな、泣きます!」
「やっぱりそうなるよね。それじゃ、あんまりだよね」
分かってはいるのだ。老々丸達は長崎屋から逃げ、もう一度王子の妖狐達と、おぎんを探した方がいい。そうすれば兄や達と対峙せずに済むし、長崎屋の妖達とてほっと出来る。
若だんなも熱を出している身で、出掛けずにいられる。
(だけど、笹丸はどうなってしまうんだろう。もし神の庭へ行き着けなかったら、二人はこの後、どうするのかしら……)
迷いに取り憑かれ、若だんなは未だ、答えを出せずにいる。早く決断せねばならないのに、誰にも、何も、言う事が出来なかった。
すると。
その時、悪夢を食う獏ですら魂消るようなことが、目の前で起き始めた。