こいごころ【6】

【試し読み】960万部突破!「しゃばけ」シリーズ最新作『こいごころ』

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イラスト/柴田ゆう
イラスト/柴田ゆう

       6

 長崎屋から広徳寺の直歳寮へ、屛風のぞき、おしろ、鈴彦姫すずひこひめ金次きんじ、それに沢山の鳴家達が来た。場久が頷く。
「兄やさん達に分からないよう、出来うる限りこっそりと、長崎屋を出て来ました」
 寛朝と秋英、老々丸と笹丸、若だんなが妖達と向き合い、二人の妖狐や、化け狸の件を話すことになった。寛朝は、これまでの経緯と、行方知れずの田貫屋が抱えている危うさを口にした。
「なるほど、そりゃ化け狸が狸汁になっちまうかもと、心配するわけだ」
 屛風のぞきが言うと、笹丸がきゅうんと、小さな声で鳴く。すると長崎屋の妖達が、板間にいる笹丸を一斉に見つめた。若だんなが不安になるほど見続けた後、屛風のぞきが優しく、大丈夫だと告げた。
「田貫屋という太った狸は、この妖が、ちゃんと見つけてやる。心配は要らねえからな」
(あ、長崎屋の皆も、笹丸には優しい)
 若だんなが戸惑うと、貧乏神の金次は、へらへらと笑いながら話し出す。
「その田貫屋ってぇ化け狸だがね、逃げたんじゃなく、さらわれたんだろう」
 狸は寺から逃げ、あげく、直ぐに秋英に捕まった。そしてその時何度も、狸汁の話が出ている。
「また直ぐ、逃げ出すとも思えないものな。かみさんも死んでるから、一度逃げた時も、どこへ行ったらいいか、分からなかったみたいだし」
 おしろと鈴彦姫は頷いたが、では誰が、どうやって大きな化け狸を、すんの内に隠してしまえたのかと、首を傾げている。
 するとここで、鳴家達が胸を張って話しだした。
「きゅい、鳴家には分かるの。狸、隣の部屋に隠した。隣なら直ぐに隠せる。鳴家、頭良い」
 途端、屛風のぞきが目を向けたので、何匹かの鳴家が身構える。すると派手な付喪神つくもがみは、思わぬ言葉を鳴家へ語ったのだ。
「驚いたな。小鬼達の言葉が正しいぞ。太った化け狸を隠すなら、隣の間に移すのが早いや」
 屛風のぞきが素直に褒めてきたので、鳴家達は魂消た顔をし、しばし動けなくなった。するとその時、鈴彦姫が、秋英や老々丸達が周囲を調べた筈だが、狸は見つかっていないと言い出した。
「何か、妙じゃありませんか?」
 金次がにたりと笑う。
「ひゃひゃっ、鈴彦姫、何もおかしな所なんて、ありゃしない」
 金次は鈴彦姫へ、化け狸は捕まったのではなく、隣の間へ行けと、命じられたのだろうと言う。いつも広徳寺におり、化け狸とも馴染みの誰かが、指示したのだ。
「黙って身振りで、行けと隣の部屋を指せば、田貫屋さんは何事だろうとは思いつつ、自分で歩いて移ったかも知れない」
 そういう事が出来る者なら、その後、また狸を連れ出す事くらい、簡単に出来る。寺に居ておかしくない立場であれば、何をするのも容易い話であった。
 おしろは顔をしかめ、つまりと続ける。
「金次さん、田貫屋狸を連れ出したのは、御坊の一人だと思ってるんですか?」
 何で御坊が、そんなことをしなければならないのだろうか。皆の目が集まったので、貧乏神は言葉を続けた。
「寛朝様が言ってたじゃないか。寺の支払いに使う金印を、田貫屋さんは飲み込んでるって。そして広徳寺の僧であれば、その話を知っていてもおかしくない」
 つまり田貫屋を連れ出した坊主は、金印を手に入れ、何かしたいのだろう。広徳寺に、山と借金を背負わせたいのか、大金を手に入れて、還俗げんぞくしたいのか。
「貧乏神には、金が欲しい訳なんか分からないけどね。まあ、そんなもんだろ」
「確かに、お金絡みの話だと思う」
 返事をした後、若だんなは寛朝を見た。
「直歳寮に来て、田貫屋さんを連れ出せそうな御坊は、どれ程おられるでしょうか」
 寛朝は腕を組み、眉間みけんに皺を寄せる。
「あいつは化け狸だからな。田貫屋の為にも、妖のことが分かっておらぬ他の僧とは、馴染ませぬようにしていた」
 金印を飲み込んでしまった後、田貫屋は直歳寮で暮らし、寛朝と秋英が、世話をしていたのだ。
「それに、寺の僧が皆、金印の話を知っているように思うのも間違いだ。広徳寺の僧であっても、多くは知らなんだはずだ」
 寺以外に漏れ出ては困る話だから、寺を預かる僧達には、なるだけ話さないようにしていた。知る人が多くなれば、寺と田貫屋の身に危険が迫るからと、寛朝がうなる。
「怪しい僧の名が…思い浮かばぬ」
 すると、ここで思わぬ者が、狸を攫った者が誰か、分かると言い出した。若だんなの周りに集まっていた鳴家達が、両の足を踏ん張り、またまた、得意げに胸を反らしていたのだ。
「鳴家は良い子。分かるの」
 今日の鳴家は凄いと、きゅい、きゅわ言い始め、その内自慢ばかりし始めたので、話が進まない。金次が指で鳴家の尻をはじき、さっさと話せと急かす。