ループ・オブ・ザ・コード

ループ・オブ・ザ・コード

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 私が人員を選定にするにあたって、ジェイムズ・キャベンディッシュ世界W生存E機関O事務局長はひとつだけ条件を出していた。紛争地帯への長期派遣を経験している職員であること。医学的調査を行うにあたって必要な資質とは到底思えず、極めて不可解な条件だった。少なくとも現在は、この国は紛争地帯ではない。テロ警戒レベルも最低ランクで、安全面ではイギリスやフランスを大きく上回っている。
「ここからは俺が説明しよう」
 私の隣にいた男、政治開発アドバイザーのアメリカ人が立ち上がる。
 男はカーゴパンツのポケットをまさぐると、長方形のデバイスを取り出した。スイッチが押されるのに合わせて、透明なケースの内部が深い赤色の溶液で満たされていく。〈シャイロック〉、イスラエルの軍事企業が開発した記録防止装置だった。半径数メートルでの録音、撮影、通信、あらゆる記録を妨害する装置で、司法取引や証人保護プログラム、軍の作戦行動で使用される。アメリカでは、軍と政府関係者以外の〈シャイロック〉の所持は固く禁じられている。携帯が許可されているのは、ホワイトハウス関係者、司法省の職員、各政府機関の内部監査部、そして。
中央C情報IAか」
 オスカーが苦々しげに呟く。私の記憶が正しければ、事務総長であるヨランダ・ポペスクは、再建について中央C情報I局のA関与を公式に否定している。だからこそ、こうも堂々と目の前に来られてしまうと、呆れる気にもなれない。
「セオドア・キャンベルだ。まあ、俺の名前は覚えなくていい」
 ふたたび電気が消され、壇上のモニターに映像が表示される。試しに端末を開いてみると、〈シャイロック〉の影響で通信が不可能になっていた。
「これを見てくれ」
 タイムコードが入った監視カメラの映像が再生される。
 建物の入り口。〈UN〉の腕章を付けたふたりの兵士がカービンライフルをぶら下げている。歩哨は暇で仕方ないらしく、彼らはプロレスのストーリーラインに対する厳しい批評をぶつけ合っていた。ふと、兵士が倒れる。もうひとりの兵士が咄嗟に銃を構えるが、頭を撃ち抜かれて即死する。二発とも銃声は聞こえなかった。ほどなくして、重装備で固めた目出し帽バラクラバの男たちが周囲を警戒しながら近付いてくる。突入ブリーチングの訓練を受けていると一目で分かる、あらゆる無駄を排した最短の経路。ラップトップを手にした男が入り口の前で座り込み、ロックの解除を試みている。カメラに気付いたひとりが銃口を向けたところで映像は途切れた。オスカーたちはモニターに釘付けになっている。ジェイムズに目を遣ると、うんざりしたように目蓋を閉じていた。
「ここからは別のカメラの映像だ」
 角度が変わり、建物側から入り口付近を見た構図になる。
 怒鳴り声が聞こえてくる。中国語だ。聞き取りづらいが、声の主はすぐに英語で同じことを言ってくれた。離せ。私はどこにも行かない。
 老齢の小柄な男性が両側から抱えられている。老人は男たちのことを口汚く罵りながら暴れていたが、ライフルの底で顎を数回殴打されて意識を失った。老人を乗せ、建物から持ち出したと思しき大きなボストンバッグを積み込むと、バンは急発進した。ナンバープレートは剥がされている。

(つづく)