もし毎日お盆だったら、うれしい? 『盆の国』スケラッコ|中野晴行の「まんがのソムリエ」第2回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

霊の姿が見える少女のひと夏の冒険
『盆の国』スケラッコ

 まもなくお盆休み。今年は「山の日」という名の国民の祝日が増えたので11日から15日まで少し長めのお休み、という人も多いことだろう。われわれ自営業者にとっては、締め切りが早まったり、アポイントのスケジュールがきつめになったりするばかりで、あまりいいことはないのだけど、みなさんには大いに骨休めをしていただきたいと思う。
 ただ、お盆になると、なんとなく夏を惜しむようなさみしい気持ちになってくるから不思議だ。高校野球の決勝戦が終わり、日暮れもだんだん早くなり、子どものころには、たまった宿題も少しずつ気になり始めた。新学期になって学校へ行くというのもなんだか面倒で、「ああこのまま夏休みが続けばいいのに」なんてことをよく考えたものだ。
 もしかすると、そこには祖先との出会いと別れという、ちょっとせつない気持ちも絡んでいるのかもしれない。そんなことを感じさせたマンガを紹介しよう。
 スケラッコの『盆の国』である。

***

 リイド社のWEBサイト『トーチWeb』に連載された作品で、単行本化は今年7月。作者は京都在住でマンガやイラスト、アニメーションなどに関わっている。『トーチWeb』は、先日紹介した高浜寛や、イタコマンガ家・田中圭一、ドリヤス工場らが作品を発表する話題のマンガ・サイト。『盆の国』はその中でも注目度の高い作品だ。
 舞台になる架空の街・六堂町は四方を山に囲まれた盆地に広がっている。間口の狭い木造の町家が路地に軒を連ねている様子は、昔の京都を思わせる落ち着いた風情である。
 主人公の秋は中学3年生の女の子。夏休み前に親友のミサとは些細なことで気まずい関係になって、それからずっと会っていない。秋にはおばあさんから受けついだ特別な能力があって、お盆の時期になると、家々に戻ってくるご先祖様の姿が見える。周囲の人たちは、先祖の霊のことを「おしょらいさん」と呼んでいる。
「おしょらい」は文字で書くと「御招霊」。わたしが子どもだったころの大阪では、みんな普通に使っていたけど、いまはどうなんだろう。主に近畿から北陸地方で使われる言葉で、もともとは先祖の霊を迎えることを意味したようだ。マンガのように、先祖の霊そのもののことを言うこともあり、その場合は「さん」という敬称をつけている。「おしょらいさん」は火で迎えて、火で送る習慣が昔からあって、夏の風物詩・京都の五山送り火も「おしょらいさん」を送るためのものだ。

 六堂町は雷の多い場所で、春には落雷で13人もの人が亡くなった。秋の学校の新見くんもグラウンドで野球をしているときに雷にうたれ亡くなった。その新見くんもおしょらいさんになって戻ってきていた。
 夜、アイスを買いに出かけた秋は、「もう ずっとお盆のままならええのに」とつぶやいた。ミサと新学期に顔を合わすのがちょっと億劫だったのだ。
 そのとき、秋の耳の奥がチカチカとして、大きな渦巻のようなものに引き込まれそうになった。どこかにさらわれそうな彼女を引き留めたのは、おしょらいさんのことを研究している、という夏夫と名乗る謎の青年だった。
 変質者かもしれない、と身の危険を感じて逃げ出した秋に、夏夫は「もしこれから 何かおかしいことあっても 心配せんでええから」と言葉をかけた。
 そして翌日から秋の周りに奇妙な現象が起きはじめる。来る日も来る日も8月15日でお盆が終わらないのだ。しかも、秋以外は誰も異変に気付いていない。秋が長い夢を見ているのか。春の雷のせいでどこかがおかしくなっているのか。それとも、秋がつぶやいた「ずっとお盆のままならええのに」という言葉がいけなかったのか……?
 夏夫と再会した秋は、街に何が起きているのかを一緒に調べはじめた。そして、ふたりがたどり着いたのは……。

 絵がいい。シンプルな描線なのに、構図やカット割りは非常に凝っていて、静と動のメリハリがしっかりしている。街を襲った雷や秋を巻き込もうとする不思議な渦巻などの空気感も素晴らしい。盆地の夏の湿気まで伝わってくる。一転して、クライマックス部分での墨絵のような表現はダイナミックで無駄がない。そして、ラストでは再び静に戻る。夏の終わりのけだるさの中に、やってくる秋への期待が「涼しい 風が ふいた」というネームとともに描かれている。このまま劇場アニメ化してもきっといい作品になるだろう。
 読者は、少女のひと夏の冒険譚として読むのもよし。怪異譚として読むのもよし、成長譚として読むのもよし。淡い恋物語として読んでもいいだろう。私は50年近く前の夏の風景を懐かしく思いださせてくれるレトロなファンタジーとして読んだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年8月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

電子書店「eBookJapan」のご案内

株式会社イーブックイニシアティブジャパンが2000年より運営する老舗電子書店。人気絶頂の作品はもちろん、後世に残すべき希少価値の高い作品を取り扱い、特にマンガの品揃えが充実している点が多くの「本好き」に評価されている。スマホやタブレット、パソコンなど対応端末は幅広く、読書アプリだけでなくブラウザ上でも読める。

関連ニュース