「最後の○○」ばかりを描いた傑作短編集『これでおわりです。』小坂俊史|中野晴行の「まんがのソムリエ」第6回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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「終わり」がテーマの傑作ショートショート集
『これでおわりです。』小坂俊史

 この原稿を書いているのは9月1日。夏休みも終わって、毎朝乗っている列車にも学生さんの姿が戻ってきた。
 自分の学生時代を思い出すと、9月のこの時期はつらかったという記憶がある。ついつい夏休みを思い出して、「ああ終わっちゃったなあ。あれもやりたかった。これもやっておけばよかった」という残念な気持ちになってしまうのだ。
 今回はそんな「夏休みロス」に悩む人にお勧めしたいマンガを紹介しよう。小坂俊史の『これでおわりです。』だ。

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 作者の小坂俊史は、四コママンガ雑誌を中心に作品を発表するマンガ家。昔ながらの起承転結を大切にした四コマに、笑いだけでなくペーソスも加えた独特の作風から「4コマ王子」の異名をとる。本作は竹書房の隔月刊誌『まんがライフSTORIA』に連載された、それぞれ8ページのショートショート16編を集めた作者初の短編集だ。
 収録されているのは書名の通り、「終わり」をテーマにした作品ばかり。それぞれのタイトルには「最後の」がついているが、共通する主人公や設定はなく、テーマだけに共通性を持たせているというのがおもしろい。コメディタッチのものが多いが、どこかほろりとさせる部分があるのが、やはりこの作者らしさだろう。どの作品も起承転結がしっかりしていて、中には「無茶オチかなあ」と思うものもないわけではないが、オチがきいた作品がほとんど。

 第1話「最後の一杯」は、九州の奥にある小さな集落でひっそりとつくられているという幻の酒「石地蔵」を求めて九州に向かったあゆみさんのお話。集落に行ってみると、たったひとりで酒づくりをつづけていた地蔵じいさんの体調不良で蔵は廃業。それでもあきらめきれないあゆみさんは、地元の人たちのストックを手に入れようとして……。グルメマンガに出てきそうな展開なのだが、オチはこちらの予想を180度裏切ってくれる。でも、おもしろい。
 好きなのは、第7話の「最後の夏休み」だ。主人公の糸間かなえは29歳。学生時代最後の夏休みに2か月間海外放浪の旅に出かけたものの、7年たってもまだ夏休みは続いていた。事の起こりはマカオで遊びのつもりで入ったカジノ。なんと、2千万円もかせいでしまったのだ。ビギナーズラックというやつである。帰国した彼女は決まっていた就職先も断り、遊び続ける「人生の夏休み」に入ってしまったのだ。しかし、2千万円くらいのお金がいつまでも残っているはずがなく、貯金はからっぽ。ようやく事態に気がついて就活に乗り出したが……。
 第14話の「最後の列車」は、病気の先輩の替わりに出張に出かけたOL・河野さんが主人公。取引先は辺鄙な場所にあって、都会の喧騒を離れてのんびり小旅行、と考えていた河野さんだったが。乗換駅につくと猛ダッシュする人々。乗り換えたローカル線も東京のラッシュ以上のぎゅうぎゅう詰め。実はこのローカル線はこの日をもって廃線が決まっていたのだ。取引先についた河野さんは、先輩の目的が、出張にかこつけてこのローカル線に乗ることだと気付いた。
 作者は鉄道オタクとしても有名で、これはテツならではの作品といえる。

 読んでいて気付くのは、どのエピソードも「最後」をテーマに描いているのに、オチのところではその後がちゃんと見えていること。人間生きている以上は、「これでおわりです」という瞬間などない。おわりがあるとすれば、それは死ぬ時だけ。16話のエピソードの16人の主人公たちには、最後の次が必ずある。人生のどんでん返しみたいな大げさなものではなく、それまでと大差ないのかもしれないけど、ラストの続きはちゃんと存在するのだ。
 オーラス・第16話「最後の回」では、テレビドラマを見ることだけが趣味のアラサーOL・遠藤乃梨子が主人公。通勤中に倒れたためにお気に入りのドラマの最終回を見逃した彼女は、復帰後すぐに異動命令を受けてしまう。そんな彼女の最終回は? というお話。その最後のコマを締めくくるナレーションには、「人生に最終回なんてないんですよ ただえんえんと続いていくのです」とある。そうだよねえ。

 このマンガを楽しく読んでいると、終わったものをいつまでも追いかけていてもしょうがない。終わりを気にしても意味がない。これからさきのほうがずっと大切なんだ、という気持ちになってくる。
 というわけで、今回は「これでおわりです」ではなく、小坂の短編集をもう一冊紹介しちゃおう。『まどいのよそじ』である。人生の節目「不惑」=40歳を迎えたさまざまな登場人物の転機を描くオムニバス・ショートショート。こちらもお薦めだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2016年9月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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