『美についての試論』
- 著者
- イヴ=マリー・アンドレ神父 [著]/馬場 朗 [訳]
- 出版社
- 法政大学出版局
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784588130373
- 発売日
- 2023/12/11
- 価格
- 4,620円(税込)
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『美についての試論』イヴ=マリー・アンドレ神父著/馬場朗訳・解説
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
18世紀の美巡る講話 解説
美とは何だろう。大学新入生に投げかける問いのひとつだ。自然、容姿や振る舞い、歌声や楽器の音色など具体的な対象が思い浮び、感性による判断であると気づく。では、かわいいやエモいは美なのか。美と醜の区別はいかに。美的知覚対象を語ることと、「美」そのものについての考察は異なるか。問いは深遠だが、思い巡らせるほどに愉快な道が拓(ひら)かれる。
本書は、プラトンらの古代ギリシア哲学以来、キリスト教神学者アウグスティヌスを経て連綿と続く美の思索を自家薬籠としたフランスのイエズス会士アンドレの論考だ。
アンドレはブルターニュ地方西端に生まれ、パリで学んだ後、ノルマンディー地方の古都カンで生涯を閉じた。生没地は共にフィニステール(地の果て)と呼ばれる北西フランスだが、諸国との交流は古く軍事的文化的要衝であった。本書はカンの文学アカデミーで聴衆を前にした講話(第三版、1763年)にもとづく。
「皆様」の呼びかけで始まる専門外の人々をも想定した内容であり、「美一般について、個別には可視的美」「習俗における美」「精神的作品における美」「音楽美」「モドゥス(節度)」「デコールム(適正)」「優美」「美への愛、あるいは人間の心情に及ぼす美への愛の力」の八講話からなり、それぞれ本質的、自然的、恣意(しい)的(技芸など人為的な技)に分け秩序立てて語られる。
この美論は18世紀最大の美学者ディドロの『百科全書』に引用され、アカデミー美論の手本となった。因(ちな)みに、美学(エステティーク)を提示したのは、同時代ドイツの哲学者バウムガルテン(1714~62)。彼は、理性的認識による論理学の下位とされた感性を美学として位置づけたのであった。
巻末には訳者による「研究」が付され、本書の解読ばかりか、17~18世紀における難解な美論考の諸問題を丁寧に解説。アンドレの情熱と知性溢(あふ)れる語りを流麗な訳文が伝えてくれる。デカルト以降、近代に至る西洋哲学の中での美学の位置づけを知ることが出来る貴重な書だ。(法政大学出版局、4620円)