愛は人類の運命を変えるか『きみを死なせないための物語』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第41回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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生命と愛を描くSF少女マンガ
『きみを死なせないための物語』吟鳥子

 選考委員の末席を穢している手塚治虫文化賞の受賞者が発表された。大賞はくらもちふさこの『花に染む』、新生賞は雲田はるこの『昭和元禄落語心中』、短編賞は深谷かおるの『夜回り猫』……奇しくも3賞全てが女性作家の作品という結果になった。
 世の中、女性のパワーに圧倒されることが多くなったが、日本SF大賞を白井弓子の『WOMBS』が受賞したことも合わせて、マンガの世界も女性の時代だ、ということを強く感じさせられた。
 私は今年で選考委員を卒業するが、来年はなんとか男性陣にも頑張っていただきたいと思う。とはいえ、難しいかもしれないなあ。
 今回、紹介するのも女性作家の作品。しかも、SF少女マンガ――吟鳥子(ぎんとりこ)の『きみを死なせないための物語(ストーリア)』である。

 ***

 1970年前後まではSFと言えば、手塚治虫や石ノ森章太郎など男性作家の独壇場だったが、萩尾望都や竹宮惠子の登場をきっかけに女性作家による注目すべき作品が増えた。今回の手塚治虫文化賞の選考でも、梅田阿比の『クジラの子らは砂上に歌う』がノミネートされて、これが受賞してもおかしくないほど水準の高いSF作品だった。ちなみに、『君を死なせないための物語』と『クジラの子らは砂上に歌う』は同じ『ミステリーボニータ』(秋田書店)の連載だ。

 舞台になるのは未来。地球は人が住めない環境になり、人類は地球の赤道上の宇宙空間に浮かぶ居住施設「コクーン」で暮らすようになっていた。狭い場所に多くの人が暮らすコクーン内部では、道徳的な社会を維持するためにカメラが監視の目を光らせ、人間関係においても契約が重要な役割を果たしていた。幼い時に第1パートナー、成熟すると第2パートナーの契約が結ばれ、第3パートナーの契約が結婚を意味した。契約のない相手と接触することは子どもでも許されない。恋は恥ずかしいこととみなされ、第3パートナーの契約も「愛」ではなく、人類という種の保存が中心に考えられていた。
 長く続いた人類のコクーンでの暮らしは新たな進化も生んでいた。「幼形成熟(ネオテニイ)」と呼ばれる新人類が誕生したのだ。ネオテニイは何百年も生きられる代わり、旧人類より成長がゆっくりしている。出生する割合もまだ限られていた。
 ネオテニイのアラタ、ターラ、シーザー、ルイは第1パートナー……現在で言う、幼馴染の親友同士。4人とも20歳。外見は小学生だが、国連大学で学ぶ学生だ。夏休みのある日、アラタ、シーザー、ルイの3人は禁忌の街「京都」へと足を踏み入れる。かつての廃棄物保管場所だったスペースに、密航者などが住み着いたこの街には監視カメラもなく、無秩序で猥雑な世界をつくっていた。芸術家でインモラリストのルイはこの街で出会った祇園という少女に恋をし、親友たちの反対を押し切って祇園との結婚を決めてしまう。
 医学生のターラだけは気づいていたが、祇園は長くは生きられない運命だった。彼女は、胎児の時に全身の細胞が光合成をするように変化し、光合成をして生き、枯れて死んでいくダフネー症という奇病に冒されていたのだ。ダフネー症の患者が大人になるまで生きた例は今のところない。
 しかし、ルイは言う。
「寿命の長さや肉体の欠点で愛する人を替えるの そんなことで気持ちを変えられるの!?」
 そして結婚式の日……。
 ルイと祇園の結婚式に招かれたターラの両親の言葉が素晴らしい。
「私たち夫婦は『愛』で結ばれたんだよ 恥ずかしい話だが 人類という種の保存だの 社会契約だの そんなものは妻の瞳を見た瞬間にふっとんでしまった ……だから 君たちの気持ちもよく分かるよ ルイは素晴らしい決断をした 心から祝福しますよ どうかお幸せに」

 私は「ニュータイプを扱ったディストピアSF」だろうとタカをくくって読み始めたのだが、この作品の本質はもっと別のところにあるようだ。生きるとはどういうことなのか、愛するとは、死ぬとは何かという人類の根源的なテーマが描かれているのだ。
 第1巻の巻末では、舞台がいきなり16年後に飛ぶ。旧人類にとっての16年は長いが、ネオテニイにとっては数年の長さかも知れない。旧人類やダフネー症の患者の命をネオテニイたちは救済できるのか。住めなくなってしまった地球に還るときはくるのか……。いや、そもそも生きることにどんな価値があるのか……。それが、「きみを死なせないため」というキーワードにつながる。
『ミステリーボニータ』5月号を読むとどうやらドラマは、遺伝子レベルで展開していくようだ。まだまだ謎の多い物語だが、これからに期待したい。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年5月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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