【手帖】思潮社から若き精神科医の第1詩集

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 教室の大きな窓から遠くを眺める女子高生の後ろ姿。タイトルにしては小さすぎるポイントで「国境とJK」の文字。萌(も)える表紙だ。表紙の絵は裏表紙とつながっており、そこにはゆがんだ机と海辺の街の夜景が描かれている。27歳の精神科医、尾久守侑(おぎゅう・かみゆ)の第1詩集である。ここで「萌える」という言葉を使ったのは、「JK」(女子高生)に呼応するため。言い訳をしておく。

 JKとは、女子高生の柔らかな頬と唇と心を消費・搾取の対象とする社会が生み出した符号である。とりあえずは平和な国に生きるJKは、はるかかなたの国境を眺めている。何のために? この国から脱出するために? シリアの悲惨な現実に思いをはせるために? その国境は実在するものであると同時に時空を超えた存在でもあろう。

 詩集のタイトルとなった長文詩「国境とJK」の一部を紹介しよう。

 《にちようび、なのに/わたしはどうしてここで、問題用紙のないテストに/解答しているのだろうか/開いた窓から吹き込んだ風が/真っ黒な答案用紙をさらう/答えはどにあるのだろうか》

 ボブ・ディランは「答えは風に舞っている」と歌ったが、危機の時代に置かれた鋭敏な感性は同じような反応をするのかもしれない。

 夢から覚めたJKは、いつもの灰色のつめたい教室にいる。名前を失い蝋(ろう)のようにかたまった臙脂(えんじ)の制服を着たJKたちは何も語らない。昨日から新たに動かなくなった制服が3つあることを察知したJKたちは心持ち身を寄せ合い、教室の扉を開けて国境をめざす。

 《かげになるように土手にうつぶせて、警邏(けいら)班のクラウンが通り過ぎるのを息を潜めて待つ。サーチライトが何度も往復して、無防備な貧しい親子を照らし出す。》

 「クラウン」とは、かつてテレビCMで石坂浩二が口にしていた「いつかはクラウン」の高級乗用車のことだろう。この先の展開は本書を買って味読してほしい。世界に抗(あらが)うJKの醒(さ)めた情熱を。(桑原聡)

産経新聞
2016年12月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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