信頼メカニズムが経済を繁栄させる

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信頼メカニズムが経済を繁栄させる

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 進化論的にも市場理論的にも、競争こそが成長・繁栄をもたらすと信じられている。だがその競争によって拡大してきた現在のグローバル経済は今、綻びを見せ始めている。著者は競争だけの経済成長を否定し、「もっとも持続可能性の高い市場は道徳的な市場である」とし、「カモにつけ込む」型の競争による市場は収益性を下げてしまう論拠を示していく。
 道徳的な市場形成でカギを握るのが、脳内化学物質「オキシトシン」だ。経済学者である著者は、生物学や心理学の研究テーマとも思える守備範囲外のオキシトシンの研究に邁進。人間が相手を信頼できるか否かを決定する際に、オキシトシンが重要な役割を担っていることを発見した。彼の論文の被引用回数は数千回、ネット上で閲覧できる講演「TED」の再生回数は二〇〇万回を超える。それほど世界に注目される新説だったのだ。
 そもそもオキシトシンは、分娩の痛みを和らげ授乳を促す「母性愛のホルモン」として知られていたが、男性にも分泌され、夫婦の絆を深めるという。「ヴァンパイア経済学者」を自称する著者は、さまざまな場面で無数の人から採血し、オキシトシン分泌量を調べていく。自らスカイダイビングを試みて直後の血液を分析、他にも結婚式の誓いの言葉の前後、ハグやマッサージの前後、ネットで「いいね!」した直後などの血液を調べていった。そしてついに、信頼行動で増産されるオキシトシンには、相手を許容・信頼する働きがあることを明らかにした。
 本書の主張は、「そんなオキシトシンの働きによって共感を生み出し、それが道徳的行動となり、その行動が信頼を招き、さらにオキシトシンを分泌させる」という「善循環」が経済を持続可能にするというメカニズムだが、日本には近江商人による「売り手よし、買い手よし、世間よし」という思想がすでにあった。未来のオキシトシン市場の主役は日本古来のビジネススタイルかもしれないという希望が持てる本だ。

新潮社 新潮45
2013年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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