作家志望の雑居ビル管理人が巻き込まれた世界の一大事とは――。〈インタビュー〉万城目 学『バベル九朔』

インタビュー

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バベル九朔

『バベル九朔』

著者
万城目 学 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041034644
発売日
2016/03/17
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

作家志望の雑居ビル管理人が巻き込まれた世界の一大事とは――。〈インタビュー〉万城目 学『バベル九朔』

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『鴨川ホルモー』『プリンセス・トヨトミ』など、ささやかでぬくもりのある日常と、ぶっ飛んだ非日常が入り交じった世界を描いてきた万城目学さん。
 時代小説に挑戦した『とっぴんぱらりの風太郎』から二年半ぶりの長篇となる『バベル九朔』は、「自伝的小説」でありながら、ありえないことが次々起こる奇想小説でもあるというユニークな作品。
 作家デビュー十周年を迎え、新たな一歩を踏み出した万城目さんに、『バベル九朔』ができるまでをうかがった。

■「三分の一自伝的小説」

──『偉大なる、しゅららぼん』以来、久々の現代もの、長篇ですね。

万城目 五年ぶりになります。

──今回は主人公が小説家志望。自伝的小説、と銘打たれてます。

万城目 取材に来てくれた方から「自伝的小説じゃない!」って言われたんですよ。僕のなかのイメージとしては、チャールズ・ブコウスキーの『ポスト・オフィス』。小説家になる前に郵便局に勤務していたブコウスキーの、くさくさした毎日を書いた小説ですけど、あんな話を書いてみたいな、と。あれを自伝的小説と言うなら、これは絶対違うから、「半自伝的」のほうがいいのかな。額面通りにとられて、怒られるのも困るので。どう思いました?

──万城目さんが普通に自伝的な作品は書かないだろうな、と予想はしていましたが、万城目さんの作品を一冊でも読んだことがある方なら、ニヤリとするんじゃないでしょうか。でも、出だしはかなりリアルというか、まさに自伝的ですよね。

万城目 大学を出て二年働いて、辞めてから小説家になるために雑居ビルの管理人をやってました。その点は当時の自分を忠実に書いていると思いますね。管理人は作家デビューした後も続けて、『プリンセス・トヨトミ』の連載を始めるまでやってたんですよ。

──そうなんですか。章タイトルはビル管理人の仕事から採っていますね。

万城目 そうです。実際の業務内容とか、ある程度は本当のことを書いてます。脚色はしてますけど、全体の三分の一くらいは自分の経験ですね。

──ということは「三分の一自伝的小説」(笑)。もともとは「野性時代」(現「小説 野性時代」)の特集のときに書いた短篇がきっかけだそうですね。

万城目 七年前になりますね。「野性時代」で僕のことを特集していただいたときに、何でもいいから一つ短篇を書いてください、と言われまして。僕は書くのが遅くて、短篇をためて本になるまでにかなり時間がかかりそうなので、じゃあ長篇の冒頭を書かせてください、と。

──これまでの万城目さんの作品を考えると、三分の一とはいえ自伝的な作品をお書きになったことに驚いたんですが、それはなぜですか?

万城目 それはたぶん、最初に書いたときが、気持ち的に「お試し」だったからだと思いますよ。初めから連載でって言われたら身構えるから、ひょっとしたら、アイディア段階でこれは無理だからやめると言ったかもしれない。先を約束しないスタンスだったので、ちょっと自伝っぽくやっちゃおうかな、みたいなことだったんじゃないですかね。

──そして満を持して「文芸カドカワ」での連載が始まったと。

万城目 連載を始めたときもすごい弱気だったんです。でも、これは絶対に面白い話になるから、と担当さんから言われて。なんでそんなことわかんの、と思いつつ(笑)。一章を書いてからけっこう経ちましたから、また一章から感覚を取り戻しがてら書き直しました。

■秘密を持った三階の人物

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──七年前の時点ですでに「バベル九朔」というタイトルだったんですよね。

万城目 そうです。イメージとしては、雑居ビルの管理人をやっている小説家志望の男が主人公。個性的なテナントの人とやりとりしつつ、泥棒が入りつつ、という現実にありそうな話を書こうと思っていました。

──バベル九朔はつぶれそうなテナントばかりが入っている雑居ビル。店子もちょっと変わった人ばかりです。

万城目 『めぞん一刻』のように、二階が双見、三階が蜜村、四階が四条と、名前が階数と符合しているんです。なかでも三階の蜜村さんの「蜜」には秘密の「密」をかけていて、何をやっているかを謎にして書いたんですよ。

──それが今回の長篇で生きていますね。蜜村さんは物語の鍵を握る重要な人物です。

万城目 それで言うなら、主人公は五階に住んでるから「ゴ」から始まらないといかんわけですよ。でも、主人公の名前は、何も考えずに「九朔」にしてしまった。そこにも整合性が欲しい。そのへんが、新たに書き直すにあたり、鍵になりました。多くは言えませんが。

──「バベル九朔」はテナントビル名ですけど、意味ありげで、謎めいています。

万城目 後付けなんですよ。最終的にバベルっぽい高い塔が登場する話になったのも、語感に引っ張られてそうなったというだけで。バベルには人間の傲慢を打ち砕くという、教訓的な意味がありますよね。まあ、それも後付けですけど(笑)。

──欧米でバベルっていうと、空想的、実現不可能な計画という意味らしいですね。ヘブライ語でごちゃ混ぜって意味もあるそうで、雑居ビルを連想させますよね。

万城目 マジですか……。初耳ですよ。

──なんと(笑)。不思議な符合がまだまだ見つかるかもしれませんね。

無駄を認めてあげたい

──万城目さんの作品では京都とか奈良、大阪などの「場所」が重要な役割を果たすことが多いですよね。ところがこの作品は場所が特定されていません。

万城目 最初から、ビルの中の閉鎖的な空間で、一歩も外に出ることなく展開する物語を書くと決めていたんです。雑居ビルの管理人をしていたのが東京なので、東京っぽくはあるんですが、街とか歴史とかを使って書く気は起こらんし、これが僕が東京を舞台にした精一杯という感じですね。

──小説家になれるかどうかわからないけれど書いている、という時期の不安定な心が生々しく描かれていると思いました。

万城目 そのときの感覚そのままなんで、そのへんは簡単に書けるんですよ。日記を書くのに近い感覚です。

──では、むしろ大変だったのは、経験したことにどう味付けをしていくか。

万城目 そうですね。味付けの部分を、非現実的な話に委ねたんですね。そこがないと書ける気がしなかったです。現実的な話だけだと面白くないというか、夢を追う若者とかは、よくある要素だから面白くできる気がしなかった。自分のなかの「大丈夫だ」というゴーサインが出ないと書けないので。どうふくらませれば一冊にできるかな、と考えました。

──テナントビルなので、店名だけも含めいろんなお店が出てきます。それも偏ったお店ばかりで、広島でもないのにカープ専門店「コイする惑星」とか(笑)。

万城目 昔、大阪の地元にジャイアンツショップがあったんですよ。よくこんなところにつくるなと思って、その記憶が色濃かったので使ったんです。その店は長続きしなかったですけど。店を考えるのは楽しくて、見直すたびに増えていくんですよ。こういうのもあるな、と。

──つぶれた店もたくさんある。夢の残骸、無駄の山なんですよね。

万城目 昔から効率良くとか、ストレートに成功する人生とか、そういうものにあんまり価値を感じない。無駄を認めてあげたい。うまくいってない人のほうが好きなんです。

■「詰め将棋」と「デッサン」

──自伝的要素以外の三分の二は、すでに亡くなっている祖父の「大九朔」と、「カラス女」との間で主人公が翻弄されていきます。「カラス女」は黒ずくめでナイスバディーの女性なんですよね。サングラスを取ると……。

万城目 七年前に書いたとき、サングラスをかけさせておいてよかった。イメージでは、『ルパン三世』の不二子ちゃんみたいなドロボーのつもりだったんです。カラスっていう仇名を与えるためだけに黒ずくめにして……、いや、違う。今、読み直したら、全身真っ赤な服を着た女だと書いてる……。衝撃です。ということは、当時はカラスのイメージはなかったということですね。すみません、著者がこんないい加減で。とにかく、新たに二章を書くとき、彼女がサングラスを外したら、一気に「カラス女」の存在感が増して――その工夫を思いついたときには自分でも嬉しかったですね。

──四階の私立探偵、四条さんの言動もユニークです。探偵は出てくるわ、謎の美女は出てくるわで、ハードボイルド的な部分もありますよね。

万城目 それもきっと、チャールズ・ブコウスキーですね。『パルプ』。だめ探偵の話で、すごく好きなんです。設定にはブコウスキーへのオマージュがほんの少し入っていて、だめな人しか出てこない。ブコウスキーの小説にはだめな人しか出てこないから。

──なるほど。しかし、お話をうかがっていると、書き継いでいく過程で、予期しない方向へ展開していったようですね。

万城目 作家になりたての頃は、物語が最後まで決まっていないと不安で書けなかったんですよ。でも、今は、以前だとビビってゴーサインを出せなかったところを、なんとかなるだろうって行けるようになったとは思いますね。行けるといっても、ひたすら、一人で詰め将棋をしているような感じでしたが。この展開だと何手先で詰まる、やめとこ。こっちだ。やめとこ。こっちだ。その連続でしたね。それと、デッサンをしてるイメージ。あわーい鉛筆の線でね、はっきりとしないようにごまかしながらデッサンをするんです。でもときどきは物語の展開上、実線で、線を決めてくっきり描かないといけないところがあって、あとあとになって、その線に接続できる描き方が見つからず、うーんと悩む。いままで、こういうイメージで書いたことがなかったですね。いちばん苦しかったのは、主人公が、見知らぬ湖に突っ立っているシーンからです。何もない白地図に、山をつくり、道路をつくり、建物をつくり。そこに女の子が出てくるけれど、いかにあやふやな会話で、あわいデッサンのラインのまま次へとつなげるか。

──いかにあいまいにしておくか。しかしそのおかげだと思いますが、理屈では説明がつかないゾクッとするところもあるし、先が読めない面白さもあります。どこまでいっても騙されている感もあって。

万城目 この物語をどうとらえればいいんだろう、と書いた僕自身も思いますね。スカッとしたわかりやすい面白さじゃなくて、すぐには消化できない何かが残る。僕自身の印象は「奇書」なんですけど。

──現実と非現実。ウソとホントの混じり合い方が絶妙なんです。

万城目 こういう物語の作り方をしたのは初めてなので、こういうのもありなんだ、というのは発見でしたね。クリストファー・ノーランって映画監督がいますよね。『ダークナイト』とか『インセプション』の。僕はノーランの誠実さが好きなんです。大風呂敷を広げても、最後まで観客に説明しようとする。『バベル九朔』も最後まで誠実に、と思って書いていました。

──直感や偶然を採り入れつつ、誠実に書くという万城目さんの姿勢は、『バベル九朔』という作品の印象と重なります。デビュー作の『鴨川ホルモー』が二〇〇六年刊行ですから、今年は作家生活十周年の節目でもあります。記念すべき年にふさわしい作品だと思います。

万城目 十年と言っても実感はないですね。僕のなかでは四、五年しかやっていないような気がします。たぶん冊数の問題だと思うんです。小説はまだ九冊目だから。人によっては三年くらいで突破するだろうし、十年で九冊はちょっと残念ですもん。

──次の十年はペースが上がりそうですか。

万城目 変わらないんじゃないですかね。同じ同じ(笑)。

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万城目学(まきめ・まなぶ)
1976年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。化学繊維会社勤務を経て、雑居ビル管理人を務めながら小説家を目指す。2006年に第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。著書に『鹿男あをによし』『ホルモー六景』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』などがある。

取材・文|タカザワケンジ 撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2016年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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