最初の夫を事故で亡くし、二人目の夫は殺された美女 日本統治時代の台湾を舞台に描かれる妖しい推理小説

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応家の人々

『応家の人々』

著者
日影 丈吉 [著]
出版社
徳間書店
ISBN
9784195673393
価格
302円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最初の夫を事故で亡くし、二人目の夫は殺された美女 日本統治時代の台湾を舞台に描かれる妖しい推理小説

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 日影丈吉(一九〇八―一九九一)と言えば江戸川乱歩に絶賛されたデビュー作「かむなぎうた」をはじめ、和田誠によって映画化された「吉備津の釜」、泉鏡花賞を受賞した『泥汽車』など幻想推理譚で知られるが、他に台湾物がある。

 戦時中、応召して、台湾軍司令部の下士官として台湾各地を探索した。その体験からこの亜熱帯の島を舞台にしたエキゾチックな妖しい推理小説を書いた。

 本長編はその代表作(昭和三十六年)。

 昭和十四年、日本統治時代、台南近郊の大耳降という小さな町で殺人事件が起る。本島人の警察の書記が、同じ本島人の役場の吏員に毒殺される。犯人は逃亡する。「私」(中尉)が事件を追う。

 犯罪小説の常道として絶世の美女が登場する。台湾の応家という名家の女性。彼女には死がつきまとう。最初の夫は沖縄人の生物学者で、海難事故で死んだ。二人目の夫も日本人で警察官だったが何者かに殺された。毒殺事件の被害者と犯人は共に彼女に恋着していた。「私」が捜査を進めると、この謎めいた美女は突然姿を消してしまう。

 物語の展開に加え、本作の魅力は美麗島と呼ばれる台湾の風土、風景にある。

 煉瓦の家が並ぶ小さな町。竜眼の木。檳榔樹。様仔(マンゴ)の並木。家々の前に作られている停仔脚(アーケード)。町を囲むサトウキビ畑。

 事件の起る大耳降は台南近郊の大目降がモデル。美女の最初の夫が死ぬ海は台南の海辺の町、安平を思わせる。佐藤春夫の幻想小説『女誡扇綺譚』の舞台とほぼ重なる。日影丈吉は当然、大正期のこの名作を意識しただろう。

 物語は台南から南部の屏東(へいとう)、恒春(こうしゅん)へと広がってゆき、奇怪絢爛の色彩を増す。旧家の纏足(てんそく)をしている老夫人。「ヴェラスケスの描いた皇女」のような童女。田舎町を巡る旅芸人の一座。美女に心を奪われてゆく日本人の文学青年。

 台湾の風土を彩る建物と言えば、さまざまな神々が祀られた廟。見捨てられたその廟のひとつで失踪した犯人の死体が見つかったことから「私」は謎を解いてゆく。戦時中の台湾を知るうえでも貴重な作品になっている。

新潮社 週刊新潮
2016年4月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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