「だって彼は殺されたんでしょ?」変わり者の妹が口にした不穏な言葉…家族小説でもあるミステリ

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葬儀を終えて〔新訳版〕

『葬儀を終えて〔新訳版〕』

著者
アガサ・クリスティー [著]/加賀山 卓朗 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784151310256
発売日
2020/10/15
価格
1,276円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

だって彼は殺されたんでしょ

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「遺言」です

 ***

 今でこそ遺言は小市民のあいだでも一般化してきたが、昔は遺言は一部の金持に限られていた。

 その頃、遺言が登場するのはミステリに多かった。富豪が死んで遺産をめぐって殺人が起こる。

 アガサ・クリスティーの『葬儀を終えて』(一九五三年。新訳版は加賀山卓朗訳)は典型的な遺言をめぐるミステリ。

 富豪が急死する。妻とは死別しているし、息子も亡くなっている。

 遺言を託された弁護士が親族一同を集めて遺言を公けにする。ミステリではおなじみの遺言公開の場。

「ねえ、わたしに何か遺してくれたの?」。死んだ富豪の妹が口にする。誰もが思っていたこと。義妹、甥や姪を入れて六人。

 時は第二次大戦のあと。イギリスは長い戦争で疲弊している。誰もが金が欲しい。幸い遺産は六等分される。誰もがほっとする。

 その時、変り者の妹が思いがけないことを口にする。

「だって彼は殺されたんでしょ?」

 自然死と思われた富豪だが、実は殺されたのではと疑う。当然、全員驚く。

 しかもその後、不穏な発言をした妹が何者かに殺されてしまう。

 ここでポアロ登場。

 疑おうと思えば誰でも犯人たりうる。ミステリ小説でありながら家族小説にもなっている。

 犯人は意外な人物とわかるが、遺言公開の場がひとつの手がかりに。もうひとつはフェルメールの絵というのが効いている。

新潮社 週刊新潮
2024年4月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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