日本以上の「社畜文化」を描くまで──『未生』は韓国社会の縮図 原作者ユン・テホ氏ロング・インタビュー[後編]

インタビュー

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未生 ミセン(1)

『未生 ミセン(1)』

著者
ユン テホ [著]/古川 綾子 [訳]/金 承福 [訳]
出版社
講談社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784063774863
発売日
2016/06/23
価格
1,188円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『未生』は韓国社会の縮図――なぜ空前の大ヒットになったのか? 原作者ユン・テホ氏ロング・インタビュー[後編]

『未生 ミセン』の魅力にはまり、ソウルにまで一人ロケ地ツアーに出かけてしまうほど、作品の大ファンだという古家氏。韓流イベントのMCやラジオDJ・テレビVJとして活躍する氏の「独自の目線でどうしてもインタビューしたい」という思いが通じ、この度、ソウルで著者 ユン・テホ氏へのインタビューが実現。韓国のウェブコミック・WEBTOON(ウェブトゥーン)で大ヒットし、コミックスは累計200万部を突破。ドラマ版も社会現象を巻き起こした本作の誕生秘話を紹介した前編に続き、後編ではドラマ化への思いや漫画家への道、日本の漫画への思いなどを紹介します。

ユン・テホ
1969年、韓国・光州生まれ。1993年『緊急着陸』でデビュー後、さまざまな作品を発表。日本でも公開された映画『インサイダーズ/内部者たち』『黒く濁る村』はユン・テホのWEBTOON(ウェブコミック)が原作である。『未生 ミセン』は韓国にて圧倒的な反響を呼び数々の賞を受賞、その世界観を巧みに映像化したドラマ版は社会現象となった。

聞き手/古家正亨(ふるや・まさゆき)
ラジオDJ/テレビVJ/韓国大衆文化ジャーナリスト。帝塚山学院大学リベラルアーツ学部客員教授。北海道科学大学未来デザイン学部客員准教授。上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。韓国および東アジアの文化を中心に、幅広いジャンルでの比較対象を研究。韓国観光名誉広報大使、韓国政府文化体育観光部長官褒章受章。

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――ドラマ化への思い

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古家:ところで、この作品が韓国でドラマ化され、社会現象になり、多くの賞も受賞するなど、非常に高い評価を得ました。日本でも放送され、日本にも囲碁文化がありますし、商社文化もある、同じような“サラリーマン”生活もあるので、多くの視聴者が共感できたと思うんです。一般的な「韓流ドラマ」とは違う感覚で観ることができたという人も少なくなく、男性の視聴者も多かったのが特徴です。ユン・テホさんは、ご自身の原作をドラマ化する提案を受けた時に、どんな思いだったのでしょうか。

ユン・テホ:原作の漫画をご覧になるとわかると思いますが、特定の主人公だけをずっと追いかけるストーリーではないので、果たしてこれがドラマに適しているのかという疑問はありました。なぜかというと、ドラマというのは分かりやすいストーリーでないといけないからです。

でも、自分の作品が他の媒体を通じて発表されるのは、個人的にはとても嬉しいことでもあるので、迷わずにサインをしました。ドラマ化に当たって、事前にスタッフの皆さんと何度もミーティングを行いましたし、実際にヨルダンにも行ってみました。その映像化の過程は、とても楽しいものでした。

それから、日本で『未生』がリメイクされるという話を聞いた時は、商社文化が日本から韓国にもたらされたものでもあるので、文化的にも近いものがありますから、共感してもらえるのではないかと期待した一方、究極的に、契約社員に対する2つの国の見方の違いがあるので、その点では日本の方に共感していただけるのか不安がありました。

正社員としての就職がなかなか難しい状況の中で、仕方がなく契約社員として働いている人が多い韓国と比べて、今の日本では契約社員やフリーターとしても生計が立てられることもある分、正社員になることを自ら選ばない人も少なくないと聞きました。

そして、漫画やドラマに出てくる会社員たちは本当に一生懸命働いているのですが、その一生懸命働くということ自体が、日本では少し古い感性ではないだろうかという疑問があったんです。

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韓国では会社員たちが自ら「自分は会社の奴隷だ」と言うくらい、犠牲が強要されている中で、作品の中で一生懸命働くサラリーマンの姿を描くことがむしろ「もっと努力しなさい」というメッセージとして伝わるのではないかという心配もありましたが、それが果たして、韓国よりも個人主義が進んだ日本の方に、どういう風に理解されるのかと。例えば、誰のために、何のためにあれだけ一生懸命働かなきゃいけないのかという疑問を持つのではないだろうかと。

日本のリメイク作品を、日本の方々がどういう風に思ってくださるのか、とても気になっています。

――ドラマのキャラクターの配役は

古家:ユン・テホさんから見た、ドラマ『未生』のキャラクターの配役について、映像をご覧になって、どのような印象を受けましたか。

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ユン・テホ:だいたい満足しています。ただ、イム・シワンさんがあまりにも綺麗な顔立ちだったので気になりましたが、漫画の中のチャン・グレも、鼻が突き出ていることもあるし、それには納得することにしました(笑)。

古家:日本版ドラマのキャラクターの配役についてはどうですか。

ユン・テホ:今まだ観ている最中なので、なんとも言えないのですが、日本のドラマの方がより原作に近くて、韓国版よりもトーンを上げて皆さん演じているような気がします。例えば、オ課長の場合、より熱血なキャラクターになっていたり。韓国のドラマでもオ課長は、原作に比べて多少大げさに表現されているのですが、日本のオ課長は、より厳格な気がします。そして、キム代理の役は、韓国版より少し痩せていて、もっとシャープな印象を受けました。チャン・ベッキも日本の方がもっとシャープで鋭敏な印象の方が選ばれたと思いましたね。

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――自身の作品に込めたメッセージ

古家:ところで、『内部者たち』を始め、ユン・テホさんが描かれた他の作品を通じても、韓国社会に対する、ある種の力強いメッセージを感じるのですが。

ユン・テホ:“創作”というものは、基本的に大勢の大衆を対象にして、自分の考えや表現したいことを見せることだと思っています。そのためには、一つの作品を作るに当たって、自分はそれについて十分熟知しているのかを意識すべきだと思っていますし、すべての作品において、ある程度、啓蒙的な態度をとることが重要だと思います。

例えば、『内部者たち』を見ても、私たちはニュースを簡単に消費するものとして捉えているのですが、実際には、ニュースというものは、国の権力者たちによってコントロールされているものだという事実を教えてあげないといけない責務があると思うわけです。それはクリエイターであれば、誰にでも当てはまる話だと思います。また『未生』では、小さな存在に見えても、黙々と自分の人生を生きている人たちが、私たちの周りにはたくさんいるということも伝えたかったんですね。

そういったメッセージを伝えることによって、それを見てくれる人たちにとって、自分のことを振り返って、今まで考えることが出来なかった観点から、物事を見ることができる、そんなきっかけになったりすると嬉しいですね。

――「挫折」を乗り越えて見えた「漫画家」への道

古家:ところで、ユン・テホさんが、表現者として漫画家になりたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

ユン・テホ:子供の頃、他のものに比べて、絵を描くことだけは、ズバ抜けた特技だったんですね。ただ、ものすごく上手というよりも、他の能力と比べた時の話なんですが(笑)。小学3年生の時から、学級新聞にイラストを描くなどしながら、漠然と絵を描くことに夢を持っていました。でもその当時、漫画家という職業は、まるで芸能人のような遠い存在として感じていたので、自分には無理だと思い、ただ画家になるために美大に入るための入試の準備をしていました。ところが、美大の入試に失敗をしてしまったんです。裕福な家庭環境ではなかったので、その後、自分が望んでもいない大学も受けたのですが、結果また失敗してしまったことで、もちろん自分自身も情けなかったし、やりたいことが出来ない家庭環境が悔しく、苛立ち紛れに、父に率直に宣言しました。「自分は漫画家になります」と。それまで具体的に漫画家になりたいという気持ちはなかったし、父はすごく厳格な人だったので、そういう風に父に自分が言えるなんて考えられませんでした。でも、私の迫力に、父もびっくりしたのか(笑)、意外とすんなりと許してくれたので、それをきっかけに漫画家になったんです。

古家:では、ユン・テホさんもチャン・グレのこと、よく理解できるんじゃないですか。

ユン・テホ:もちろんです。いろんなところから理解できますね(笑)。

――日本の漫画から受けた影響

古家:今日、ユン・テホさんのワーキング・スペースにお邪魔させていただいているんですが、着いた時感じたのが、日本の漫画や本、キャラクターなどが、たくさん置いてあることに驚きました。日本の漫画に影響された部分もあるんでしょうか?

ユン・テホ:私は門下生時代から、漫画家の大友克洋さんの熱狂的なファンでした。大友さんのすべての作品やアニメを所蔵しているほど大好きです。それから、『スラムダンク』の井上雄彦さんの作品も大好きで、作品だけではなくて、井上さんの人生の生き方も、とても素敵だと思います。関連の書籍もほとんど読んでいますが、この間、井上さんがお寺の壁に壁画を描く(京都市の東本願寺本山所蔵の浄土真宗宗祖の親鸞を描いたびょうぶ絵)動画を観たんですが、それにもとても感銘を受けました。それから『ピンポン』の作家、松本大洋さんも大好きですね。『ドラゴンヘッド』を描いた望月ミネタロウさんや『ドラゴンボール』の鳥山明さんも大好きです。

皆さんそれぞれ、自分のオリジナリティを持っているので、そう言った作家さんの作品が好きです。ただ韓国でも大人気の『ONE PIECE』だけはその絢爛で複雑な絵のタッチのせいなのか、完読することに失敗しました(笑)。

古家:たまに日本に行かれることもあるんですか。

ユン・テホ:はい。今企画している教養漫画シリーズがあるのですが、いろんなリサーチをしていて、出版社の皆さんと一緒に日本に行って参考資料としていろんなジャンルの本を買い付けてきたりしています。特に斬新なデザインのものをたくさん買ってきました。その教養漫画シリーズ、『オリジン』というタイトルがつけられていますが、世界中にある、あるものの起源(例えば針の起源など)について紹介する作品を準備しているんです。

――今後の活動について

古家:ファンは、今後どんな作品を作ってくださるのか、期待しています。

ユン・テホ:『未生』は、今後も2年以上にわたって、シーズン2の連載が決まっています。そのあとは『戦士』という、100の種族の100の戦闘を描く作品の準備もしています。ほかにも、たくさんの企画があります。

古家:今回『未生』の日本語版が発売されましたが、日本でも活動される計画がありますか。

ユン・テホ:もし日本でも、ウェブ漫画が活性化されるのであればもちろん、私も日本の読者の皆さんに、自分の漫画をお見せしたいと思っています。なぜかというと、日本は漫画を本当に深く、根強く消費している文化を持つ国ですから、漫画に対する理解やそれを楽しむ文化、そして読者層も深いと思うんです。ですから、私ももちろんそうですが、そのような読者さんを対象に、気合を入れて自分の作品をお見せしたいですし、その反応もとても気になります。なので、もしチャンスがあればぜひやりたいと思っています。

翻訳:古家旻奈

講談社
2016年8月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

講談社

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