『狐武者』
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捕物帳だけじゃない名人の腕をご覧あれ
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
世の中には、読むと確実に寿命がのびるような文章があるものだ。岡本綺堂のそれなど正に然り。
綺堂は、歌舞伎作者の顔と捕物帳の元祖である『半七捕物帳』全六巻(光文社文庫)の作者の顔とを持っているが、そればかりではない。
特に素晴らしいのは随筆で、千葉俊二編『岡本綺堂随筆集』(岩波文庫)を読んだときの感動は、昨日のことのようにおぼえている。
が、今回、話そうというのは、そのことではない。綺堂が書いた奇譚もののことである。
先に刊行された『女魔術師』(光文社文庫)が好評だったのか、続けて『狐武者』(同)が刊行された。
しかも今回は、すべて文庫初収録という超レアもの─歴史奇譚三篇と探偵譚四篇が収録されている。
表題作と「勇士伝」は、妖怪変化の加護を受けながらも、明暗を分けてしまった二人の武士の物語で、ともすれば古臭くなりがちな題材が生き生きと躍動しているのは、決して色あせない文章と、作品を通して描かれる人間観照の確かさ故であろう。
探偵譚に眼を移しても、一体、これが大正時代に描かれた文体であろうか。
昨今は、キャラが立てば良しとする作品のあまりの多さにうんざりするが、この一巻に収められている作品は、小説を読むいちばんの楽しみ、すなわち、文章を味わうことの愉しみを思い出させてくれるものばかりだ。
女学生失踪の謎を追う、一種の追跡劇「うす雪」。旅廻りの女優が主人公の劇作家の前で、何故、一閃の光芒ともいうべき名演を成し得たのかという「最後の舞台」。
この二篇は、探偵譚中の双璧といっていいのではあるまいか。
この他にも人間の意のままにならぬ運命の不可思議さを描いた「姉妹(きょうだい)」など、名品揃い。
そして巻末の初出一覧を見て驚くなかれ。初出誌を底本としているものがあり、ということは、いままで単行本にも収録されなかった作品があるということだ。これは嬉しい一巻だ。