『統帥権の独立』手嶋泰伸著
[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)
代表性と専門性をどう扱うべきか。ここ数年、私たちはこの問題に悩まされてきた。本書は戦前の陸海軍を専門家集団と捉え、代表性と専門性の相克を解く。
陸海軍が専門意識を高めるなか、デモクラシーの流れに乗って政治が持つ代表性も拡大する。大正政変では軍部の横暴を批判する世論の後押しにより軍部大臣現役武官制が撤廃され、政党政治への道が開かれた。
こうした成功物語に対し、本書はその反作用を照らし出す。激甚な世論に晒(さら)された陸軍は、編成事項を陸軍省から参謀本部に移した。軍政と軍令のあいだに統帥権という壁が立てられ、軍令は政治の領域から隔絶される。デモクラシーの拡大と引き換えに分立は固まり、統合は弱まり、軍事への介入は困難となった。
代表意識が高まり、特殊専門意識が強まると、両者は相互不信に陥る。議論は本質から逸(そ)れ、誰が担うのかという主導権争いに終始し、破滅を迎える。
そうした事態を招かないためにどうすればよいのか。どのような視座を持つべきか。日常が戻り、その問題を忘れつつある私たちに、本書は一考を迫る。(中公選書、1870円)