<書評>『気候民主主義』三上直之 著

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気候民主主義

『気候民主主義』

著者
三上 直之 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784000615327
発売日
2022/05/16
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『気候民主主義』三上直之 著

[レビュアー] 吉田徹

◆複雑課題に市民の集合知

 一般市民を無作為抽出(くじ引き)した市民会議の試みが世界で広がっている。最近では、気候変動対策についての討議が、英国とフランスで大規模な形で実施された。

 「くじ引き」といってもでたらめに選ばれ、いいかげんに決められるわけではない。その地域や国の縮図となるような集団が作られ、バランスのとれた情報が提供され、十分な時間をかけて結論を出すものだ。

 では、なぜそもそも気候変動対策という高度に複雑で専門的な問題に市民を巻き込むのか−。著者は、複雑で専門的だからこそ市民が一致して課題解決を提示する必要があるとする。なぜなら、対策には一長一短があり、効果や費用は不確実で、専門家の間でも往々にして意見が食い違うものだからだ。「正解」のない問題にあっては、市民の代表自らが「アイデアを固め、深め、広げる」ことでしか、対策に正当性を持たせることができない。ゆえに、民主主義のイノベーションなくして脱炭素社会は実現し得ないのだ。

 フツーの人でも、キチンとした情報をキチンと時間をかけてキチンと議論すれば、妥当な結論を下せる。本書では、福島第一原発事故を受けて二〇一二年に実施された「討論型世論調査」も紹介されているが、この討議では三〇年以降に原発をゼロにすべきとする人々が増えた。実際、日本で気候変動に関する初めての市民会議となった「気候市民会議さっぽろ2020」の主宰者の一人でもある著者は、同会議がどう進んだのかの検証を通じて、この種の集合知がどのように発揮されるのかを実証している。

 近年では、エネルギーや気候変動対策以外の課題についても、市民会議が招集されている事例も多く、日本の地方自治体での活用例もある。既存の議会が信頼を失い、意思決定者と一般市民との間の距離が開いていることの証左でもある。札幌市の世論調査では冬季五輪開催の是非について過半数が賛成した。でも、キチンとした情報をキチンと時間をかけてキチンと議論したらどんな結果になるだろうか。

(岩波書店・2310円)

1973年生まれ。北大准教授。専門は環境社会学、科学技術社会論。

◆もう1冊

福嶋浩彦著『市民自治 みんなの意思で行政を動かし自らの手で地域をつくる』(ディスカヴァー携書)

中日新聞 東京新聞
2022年7月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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