死者の声なき声をすくいあげるヒロインたち 内藤了×小松亜由美 スペシャル対談〈後編〉

対談・鼎談

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LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花

『LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』

著者
内藤 了 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041135631
発売日
2023/05/23
価格
792円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

死者の声なき声をすくいあげるヒロインたち 内藤了×小松亜由美 スペシャル対談〈後編〉

[文] カドブン

ドラマ化された「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズなどで人気の内藤了さんと、解剖技官とミステリー作家の二足のわらじを履く小松亜由美さん。お互いの作品を愛読し、メールでやり取りをしてきたというお二人がついに顔合わせ! それぞれの新刊『LIVE 警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花』(角川ホラー文庫)と『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』(角川文庫)のことを中心に、たっぷり語り合いました。スペシャルトークの模様を〈前編〉〈後編〉にわけてお届けします。

取材・文=朝宮運河

■内藤了×小松亜由美対談〈後編〉

■入院中の人でも楽しめる小説を書きたい

小松:そもそも内藤さんはどうして小説家になろうと思ったんですか。

内藤:きっかけは病気です。作家になるまでは建築系のデザイナーをしていたんですが、ある病気で入院することになって、不安を紛らわすためにベッドで本をたくさん読んだんですよ。でも病気療養中って、あまりにも自分とかけ離れた、幸せな境遇の話は読めない。そのせいか病院の売店にはホラー系の小説などがよく売られています(笑)。

小松:そうなんですか。

内藤:本当です。ただ自分は怖がりなので、あまり怖すぎるものは読めません(笑)。それで入院中の人が気晴らしに楽しめるような面白い小説を、自分でも書いてみようと思ったんです。たとえ体はベッドの上でも、心だけは自由に外の世界を動き回れるような。主人公が食事をするシーンをよく入れるのも、美味しいものを食べたいという入院中の人の願いを叶えたくて、です。

小松:そんな事情があったんですか。ホラーやミステリーはもともとお好きだったんですか。

内藤:怪談は好きですが、ホラーやミステリーは実はよく知らないんです。小松さんみたいに、活字マニアが作家になったというタイプではありません。だからたまに同業者とお話しすると、高尚な話題についていけなくて苦労する(笑)。でも与えられたチャンスを生かして、遠慮なくどんどん書きたいと思います。生きているだけで儲けもの、小説を書けるだけで幸せだと、大病をしてつくづく感じますしね。小松さんは昔から作家になりたかったんですか。

小松:ミステリーを読むのがずっと好きで、いつかは書く側になれたらいいなとも思っていました。10代後半から趣味で書くようになって、新人賞に投稿していたんですがなかなか芽が出なくて。そんな時に、有栖川有栖先生の創作塾ができると聞いて、一期生として通い始めました。

内藤:ということは、関西にお住まいだったんですか? ご出身は秋田ですよね。

小松:はい。短大時代は仙台に住んでいたんですが、みんなと同じように仙台や東京で就職するのもつまらないなと思って。昔から憧れている綾辻行人先生と有栖川有栖先生がお住まいの関西に行ってみようと思ったんです。

内藤:すごい行動力。やっぱり小松さんって面白い(笑)。

小松:行き当たりばったりで行動しているので、あらためてお話しするのが恥ずかしいんですけど。関西では有栖川先生の創作塾に二年ほど通って、作品を見てもらっていました。

内藤:それで『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』の推薦文が有栖川先生なんですね。

小松:有栖川先生には作中の京都や大阪の言葉のチェックまでしていただいて、本当にお世話になりっぱなしです。

■いつか合作で妖怪小説を

内藤:今は東京の大学にお勤めなんですよね。それはどういう経緯で?

小松:技術職員が足りないということで、今の教授からお声がけいただきました。関西から東京に引っ越してくる時も、せっかくならミステリーにちなんだ場所に住みたいと思って、横溝正史が一時暮らしたという茗荷谷に部屋を借りました。そこから本郷近辺に引っ越したんですが、毎日石上先生(「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズに登場する法医学者)に会えそうな気がしてドキドキしています。

内藤:熱烈なミステリーファンがそのまま作家になったって感じですね。

小松:“聖地巡礼”をひたすら続けているような人生です。

内藤:毎日の解剖のお仕事とミステリーって共通する部分がありますか。

小松:通じるところはあると思います。死因が不明のご遺体は、解剖しなければ死因不明のままなんですよ。考えられる可能性をピックアップして、それを解剖で証明して、という過程はミステリーに近いですね。

内藤:そういえばわたしと小松さんは同じ新人賞に投稿して、そろって大賞を逃しているんですよね。『幽』という怪談雑誌が主催していた『幽』怪談文学賞。

小松:2007年度の第2回に投稿して最終選考まで残ったんですが、これは怪談じゃない、と選考委員の先生に一刀両断されて軽くショックを受けました(笑)。内藤さんは第6回から第8回まで続けて最終選考に残っていますよね。

内藤:わたしもやっぱり怪談じゃない、という講評を受けました。伝奇小説としては面白いけど、怪談とは言いがたいと。怪談って難しいですよね。でも好きなのでいつかまた挑戦したいと思っています。

小松:わたしもです。ミステリーと同じくらいホラーや怪談も大好きなので。

内藤:じゃあいつか合作しましょうか。大学の法医学教室を舞台にした妖怪ものなんて面白いんじゃないですか? 次々巻き起こるトラブルがみんな妖怪の仕業というような。

小松:面白そうですね。法医学教室はネタには事欠かないですから。

■長編を書いたら、短編の書き方も変わる

内藤:小松さんはこれからも法医学ミステリーを書き続ける予定ですか。

小松:まだまだ無名なので、法医学ミステリーをひとつの看板に掲げていきたいとは思っています。作品を通して現場のリアルを知っていただきたいですし、それと同時に、事件を通して被害者や加害者の心情を深く掘り下げていきたいと思っています。ご遺体は一人として同じではありませんから、その背後にある人生に注目していきたいなと。

内藤:『誰そ彼の殺人』も『遺体鑑定医 加賀谷千夏の解剖リスト』も連作短編でしたが、長編をお書きになる予定は?

小松:今まさに初めての長編を執筆しているところです。筆が遅くてなかなか進まないんですけど。

内藤:それは楽しみです。長編を書き上げると確実に変わりますから。一作書いたら短編の書き方も変わるし、長編もどんどん書けるようになりますよ。

小松:その言葉を励みにがんばります。内藤さんはしばらく「警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花」シリーズを続けられるんですよね。

内藤:そのつもりです。2014年に日本ホラー小説大賞の読者賞をいただいて、来年で10年になるんですよ。デビュー以来、読者に楽しんでもらえる作品を書こうとがんばってきましたが、そろそろ腰を据えてもいいのかな、と思い始めています。この間、ある読者がお手紙をくださったんです。その方は大学に進学しなかったことがずっと心残りだったそうですが、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズを読んで、再挑戦してみようと決意されたそうです。嬉しかったですね。新しいシリーズでは小説にしかできないこと、自分にしか書けないことを、あらためて掘り下げていこうと思います。

小松:それはすごくいいお話ですね。でも気持ちが分かります。内藤さんのミステリーは読んでいると勇気をもらえますから。次回作も楽しみにしています。

内藤:小松さんがそう言ってくれるなら、ますます頑張ります。

■プロフィール

■内藤了(ないとう・りょう)

2月20日生まれ。長野市出身、在住。長野県立長野西高等学校卒。デザイン事務所経営。2014年、日本ホラー小説大賞読者賞受賞作『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビュー。ほかの著書に『ON』につづくシリーズの『CUT』『AID』『LEAK』『ZERO』『ONE』『BACK』『MIX』『COPY』『BURN上・下』、スピンオフ『パンドラ』『サークル』『OFF』、「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズの『MASK』『COVER』『PUZZLE』『TURN』『DOUBT』『EVIL』『TRACE』『LAST』、『タラニス 死の神の湿った森』など著作多数。

■小松亜由美(こまつ・あゆみ)

秋田県大仙市生まれ。東北大学医療技術短期大学部衛生技術学科を卒業し、臨床検査技師免許取得。現在、某大学医学部法医学教室にて解剖技官を務め、これまで多くの異状死体の解剖に携わる。『誰そ彼の殺人』でデビュー。

KADOKAWA カドブン
2023年05月31日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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