『世界失墜神話』篠田知和基著(八坂書房)

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世界失墜神話

『世界失墜神話』

著者
篠田知和基 [著]
出版社
八坂書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/宗教
ISBN
9784896943405
発売日
2023/04/25
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『世界失墜神話』篠田知和基著(八坂書房)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

追放・転落の神々、権力者ら

 本書は世界の神話を特定のテーマに沿って読み解くシリーズの最新刊だ。これまでのテーマは「動物」「植物」「鳥類」「昆虫」「魚類」「風土」「異界」の七つ。八番目の本書が語る「失墜」の神話とは、果たしてどんなお話のことなのか。上下二段組の本文に踏み込む前に、まず豊富に掲載されている様々な図版に目を通していただくと、雰囲気がわかるはずだ。心を惹(ひ)かれる図版があったら、そこから読んでみてもいいと思う。

 天上の神も失墜と無縁ではない。神もまた落ちるのだと、「はじめに」で著者は明言する。続く「I」で考察されるのは、神が権力を失ったり譲ったりしてその座から落ちる「失墜」、神が(より上位に在る)至高神に逆らったり、何らかの罪を犯して罰せられる「追放」、神が進んで地上へ降りてくる「降臨」のケースだ。ただ「失墜」で私たちにもなじみ深いのは、神ではなく光の天使ルシフェールの失墜だろう。ルシフェールは地獄に落ちてサタンとなる。このページに掲載されているギュスターヴ・ドレによる『失楽園』の二つの挿絵は、寓話(ぐうわ)的なリアル感に満ちていて恐ろしい。

 「2」では、神のように称(たた)えられる人の世の英雄たちをめぐるエピソードが並ぶ。文化英雄としてのイカロスやヘラクレス、アーサー王。女人の美しい足に見とれて空から落ちた仙人、地上で沐浴(もくよく)中に衣を盗まれて天に帰れなくなった天女。「堕(お)ちた覇者」としての平将門と道鏡と並んで、スターリンやヒトラーも登場する。確かに個人崇拝を尊ぶ政治体制下では、最高権力者は至高神に等しい存在となるが、その体制が崩壊すると、たちまち失墜してもとの人間に戻る。

 「3」で考察される「神の失格」は、今日の私たちにとってはもっとも切実なテーマであるかもしれない。不道徳な神、殺戮(さつりく)する神、嫉妬深い神に暴虐な神。神の名のもとに行われる奇跡とまやかし。多くの戦争と虐殺と、神の沈黙。本書はけっして難解な本ではないが、読み進むうちにページが重くなってくる。それは私たちの血肉となる知識の重みだ。

読売新聞
2023年9月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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