『訂正可能性の哲学』東浩紀著

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訂正可能性の哲学

『訂正可能性の哲学』

著者
東 浩紀 [著]
出版社
ゲンロン
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784907188504
発売日
2023/09/01
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『訂正可能性の哲学』東浩紀著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

対話し過ち直す大切さ

 この本の第二部第六章に、政治とは「訂正の場のことだ」という言明がある。ここだけ抜き出すと、国会において死んだ目と原稿棒読みの口調で釈明を続ける政治家の姿を想像してしまうが、それを正当化するような本ではない。現代において民主主義を活性化させるには「訂正可能性」が鍵になる。東浩紀はそう提言するのである。

 「訂正」の反対にあるのは、異論を排除する論破であり、一つの意見に固執する個人の頑(かたく)なさであり、「強い同一性」が支える共同体の閉鎖性である。まっとうな討論の営みが沈滞し、ポピュリズムが台頭する政治の世界にも、またポリティカル・コレクトネスによる言葉狩りが横行する社会にも、そうした反対の傾向が滲透(しんとう)し、民主主義を危機にさらしている。しかも「リベラル」を自称する勢力もまた、これを押し進めているのだから、問題は深刻である。

 この時代診断の上に立って東は、通常は民主主義の古典とされるジャン=ジャック・ルソーの著作の読み直しを通じて、「新しいつながり」に基づく「政治的な連帯」のありようを提言している。ルソーの政治思想は、社会全体の「一般意志」の実現という概念を通じて、「科学」に基づく技術的な手段で人々を支配する全体主義にもつながるものだった。それに対して『新エロイーズ』などの小説でルソーが示したのは、過ちをくりかえす弱い個人が、おたがいの対話を通じて自他の考えを柔軟に再解釈し、「訂正」を長く続けてゆく小さな社会の姿である。

 民主主義の制度は、身近な領域における社交と対話の習慣がそれを下支えすることで、健全に機能する。本書は、こうした思想に至るまでの東自身の「訂正」の営みの記録であるとともに、民主主義について、さらに人間の営み一般について、読者にも再考を促してくる。この理論の実践篇(へん)とも言うべき『訂正する力』(朝日新書)とともに、ぜひ一読をおすすめしたい。(ゲンロン叢書、2860円)

読売新聞
2023年11月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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