『化かしもの 戦国謀将奇譚』
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『化かしもの』簑輪諒著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
群雄割拠し、数多(あまた)の愛と裏切り、野望と忠誠が入り乱れて渦巻く戦国時代の人間模様を分厚い長編小説で読むのは、上質なワインでじっくり酔うようなものだ。一方で、歴史の方向が決まる決定的な一瞬や、史実には残らぬささやかな人の心のふれ合いやすれ違いを逃さずとらえる短編小説には、琥珀糖(こはくとう)を噛(か)みしめるような歯触りの妙がある。
著者の簑輪さんは、「うつろ」や「最低」「くせもの」など負のイメージの言葉を使ったタイトルが印象的な若手の歴史小説作家だ。で、本書は「化かし」。巻頭、援軍は出さずに越中神保家を上杉軍から助けるという武田信玄の秘策を描く「川中島を、もう一度」にまず膝を打つ。歴史小説ファンはもちろん、歴史小説にはなじみのないミステリーファンにもお勧めしたい。大河ドラマ『どうする家康』の脇のエピソードでドラマ化希望の「一千石の刀」。読後甘い物を拝みたくなる「戦国砂糖合戦」。秀吉の天下で起きた家臣の一揆から御家を守る、島津四兄弟「智計の三男」歳久の知略を描く「いざ白雲の」。各作品に扉絵がついているのも楽しい。(文芸春秋、2090円)