怪奇小説の神髄は短編にあり――原色の恐怖と幻想を詰め込んだアンソロジー『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1&2レビュー【評者:朝宮運河】

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日本ホラー小説大賞《短編賞》集成1

『日本ホラー小説大賞《短編賞》集成1』

著者
小林 泰三 [著]/沙藤 一樹 [著]/朱川 湊人 [著]/森山 東 [著]/あせごのまん [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041143827
発売日
2023/11/24
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

怪奇小説の神髄は短編にあり――原色の恐怖と幻想を詰め込んだアンソロジー『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1&2レビュー【評者:朝宮運河】

[レビュアー] カドブン

2023年11月24日、日本ホラー小説大賞の30周年を記念したアンソロジー『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1&2(角川ホラー文庫)が2冊同時発売となりました。
本書に収録されるのは、1994年から2011年まで設けられていた<短編賞>の受賞作品たち。<大賞>とは異なるホラー短編作品の魅力について、書評家・朝宮運河さんに語っていただきました。

■原色の恐怖と幻想を詰め込んだアンソロジー
『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1&2レビュー【評者:朝宮運河】

『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1&2(角川ホラー文庫)が2冊同時発売された。その名のとおり、日本ホラー小説大賞の短編賞受賞作を2冊合わせて11編収録したアンソロジーである。今年(2023年)は角川ホラー文庫創刊30周年にして、日本ホラー小説大賞創設30周年のメモリアルイヤー。このような節目の年に、現代ホラー小説史の遺産にあらためて光を当て、新たな世代に伝える企画が誕生したのは、ホラーファンとしては実に喜ばしい。

■創設から30周年! ホラーの創成期を支えた、日本ホラー小説大賞とは?

 ここであらためて日本ホラー小説大賞についてふり返っておくと、同賞の創設がアナウンスされたのは上述のように1993年(第1回選考は翌94年)。1990年代初頭といえば篠田節子『絹の変容』、鈴木光司『リング』、小野不由美『魔性の子』など、新しいタイプのホラー長編が相次いで執筆され、ホラージャンルへの関心がにわかに高まりを見せている時期だった。日本ホラー小説大賞は、ホラーという新たなエンターテインメント分野への期待を背景に産声をあげたのだ。

 同賞からは瀬名秀明『パラサイト・イヴ』、貴志祐介『黒い家』、岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』、恒川光太郎『夜市』、澤村伊智『ぼぎわんが、来る』などの傑作が生まれ、1990年代以降のホラーブームの礎を築いていく。2019年に横溝正史ミステリ大賞と合流し、横溝正史ミステリ&ホラー大賞とリニューアルした後も、次世代ホラー作家を次々に輩出しているのはご存じのとおりだろう。

 さてこの日本ホラー小説大賞には、第2回から第18回まで〈短編部門〉と〈長編部門〉が設けられていた。各部門の優れた作品に短編賞・長編賞が与えられ、中でも特に優れた作品に大賞が与えられる、という選考システムが取られていたのだ。これには運営上のさまざまな事情があったのだろうが、ホラーの歴史を顧みればある意味、自然な流れだったともいえる。

 怪奇小説の神髄は短編にあり、としばしば言われるように、ホラーの歴史において短編は長編と同じか、ときにはそれ以上に大きな地位を占めてきた。内外の名作ホラーと呼ばれるものに短編が多いことが、その事実を雄弁に物語っている。恐怖という一瞬で過ぎ去る感情を扱うホラー小説は、限られた状況や事件に的を絞った短編形式と、本来的に相性がいいのだろう。短編部門を設けた日本ホラー小説大賞には、結果として多くの優れたホラー短編が投稿され、シーンを一層活気づかせることになった。

■ホラーのエキスパートが勧める、異色だらけの収録作品紹介!

 前置きが長くなったが、『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』の内容を紹介しよう。結論からいうならこの2冊は、何が飛び出すか分からない、極めて刺激的なホラーアンソロジーである。ホラーという共通項はあるものの、収録作の傾向は千差万別。正統派の怪談から、妖怪系ダークファンタジー、不条理小説、奇想小説、ディストピアものに衝撃の“豚小説”まで、モチーフも手法もまったく異なるホラーが11編収められている。

 ホラーのストライクゾーンぎりぎりを攻めたような作品もあるが、そこに新たな価値を見いだし、評価を与えたのが日本ホラー小説大賞という賞の面白さだった。強烈な個性を放つ収録作の数々は、読者の抱いているホラーのイメージを覆し、このジャンルの広大さをあらためて感じさせてくれるだろう。その意味でこのアンソロジーは、異色で個性の際立った短編に出会いたいという人にもおすすめ。もちろんホラー好きならば必読必携である。

『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』1
小林泰三「玩具修理者」(第2回・1995年)
沙藤一樹「D-ブリッジ・テープ」(第4回・1997年)
朱川湊人「白い部屋で月の歌を」(第10回・2003年)
森山東「お見世出し」(第11回・2004年)
あせごのまん「余は如何にして服部ヒロシとなりしか」(第12回・2005年)

『日本ホラー小説大賞<短編賞>集成』2
吉岡暁「サンマイ崩れ」(第13回・2006年)
曽根圭介「鼻」(第14回・2007年)
雀野日名子「トンコ」(第15回・2008年)
田辺青蛙「生き屛風」(第15回・2008年)
朱雀門出「寅淡語怪録」(第16回・2009年)
国広正人「穴らしきものに入る」(第18回・2011年)

 各巻の収録作は上記のとおり(カッコ内は短編賞を受賞した回と年)。第1巻の巻頭を飾るのは小林泰三の「玩具修理者」だ。どんなものでも修理してくれるという玩具修理者の店を、少女は訪れる。壊れてしまったあるものを直してもらうために……。最近『人獣細工』『ΑΩ 超空想科学怪奇譚』などが復刊され、新たなファンを獲得している著者の記念すべきデビュー作だが、ラスト数行の展開はやはり何度読んでも衝撃的。歪んだレンズを通して見たような世界観やトリッキーな語りの技巧、ユーモアとグロテスクの共存など、後の小林ワールドの特徴がすでに出そろっていることに驚かされる。未読の方はぜひ衝撃を受けていただきたい。

 沙藤一樹「D-ブリッジ・テープ」も、初めて触れる方には驚きの一作だろう。横浜ベイブリッジのゴミの山で発見されたカセットテープ。そこには親に捨てられ、悲惨な環境でサバイバル生活を送る少年の肉声が収められていた。残酷で物悲しい生と死の記録。朱川湊人「白い部屋で月の歌を」は除霊シーンに特色がある霊能者もの。エンタメ性の高さと切ない展開は、直木賞受賞作『花まんま』の作者ならではだ。森山東「お見世出し」は舞妓が遭遇した怖ろしい体験を、怪談のツボを押さえた語り口で綴った京都ホラー。あせごのまん「余は如何にして服部ヒロシとなりしか」は、元同級生の姉の家を訪ねた語り手が、お湯が張られていない張りぼての風呂に入ることになる。不条理な展開が続出する、不気味で奇妙な小説だ。

 第2巻の収録作も、負けず劣らず個性派揃い。吉岡暁「サンマイ崩れ」は精神科の病院を抜け出し、台風で被災した集落の救援ボランティアに参加した男の物語。熊野方言を多用した文体と仏教要素が独自のテイストを作り上げる。曽根圭介「鼻」はテングと呼ばれる人々が差別される社会を描いたディストピアもので、交互に語られる二つのストーリーが異常な真相を浮かび上がらせる。トラックから逃げ出した豚の冒険を描いた雀野日名子「トンコ」もかなりの異色作。あくまで豚の視点に立ちながら、絶妙なスリルとサスペンスを生み出している。

 久しぶりに読み返し、魅力を再確認したのが田辺青蛙「生き屏風」だった。馬の首の中で眠る妖鬼・皐月が、酒屋の屋敷に出かけていく。その家では死んだ奥方が屏風に取り憑き、夜な夜な言葉を話すというのだ。その相手を頼まれた皐月は、自らの過去やこれまで出会った妖怪について奥方と語らいながら、酒を酌み交わす。突飛な出来事を淡々と、どこか飄然とした調子で描いた妖怪小説である。

 朱雀門出「寅淡語怪録」は、地元の怪異譚を記した本を読んだことで、主人公の周囲で次々とおかしなことが起こり始めるという枠物語形式のホラー。田辺青蛙と朱雀門出は今や人気怪談作家として、怪談イベントやメディアに引っ張りだこだが、デビュー当時からその作風は確立されていた。国広正人「穴らしきものに入る」は、ホースや同僚の口など、身の回りにある穴に入れるようになった男の物語。軽妙なアイデアストーリーながら、ぞっとする結末が待ち受けている。

 当時まだ無名だった11人の著者たちは、自分の中にある恐怖や幻想と正面から向き合い、その悪夢にぞっとする形を与えてみせた。技法的に荒削りなところがないわけではないが、かれらの創出した原色の悪夢は、2020年代の今でもまったく衝撃を失っていない。むしろ現代の世相と響き合い、予見的な恐さを感じさせる部分すらあるだろう。1990年代から2010年代にかけてホラーシーンを彩った名短編にして異色短編の数々を味わっていただきたい。

 そしてもしお気に入りの作品に出会ったら、ぜひSNSなどで積極的に感想を発信してほしい。小林泰三の『人獣細工』がSNSでのバズによって新たな読者を獲得したように、ここから新たな復刊・リバイバルの波が生まれるかもしれない。そうなると嬉しい。いや、あらためてお願いするまでもなく、この2冊を読み終えた人は、誰かに感想を伝えたくてたまらなくなるはずだ。それだけの力強さを秘めたアンソロジーなのである。読んで、驚け。

KADOKAWA カドブン
2023年11月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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