『本の栞にぶら下がる』斎藤真理子著

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本の栞にぶら下がる

『本の栞にぶら下がる』

著者
斎藤 真理子 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784000616102
発売日
2023/09/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『本の栞にぶら下がる』斎藤真理子著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

読む喜び 溢れ出す言葉

 iPhoneに届く週間レポートの通知を見れば、一日中スマートフォンに触っているということがわかる。ネットニュース、LINE、メール、テロップだらけの動画と、もうずっと何かを読んでいる。でもそれらは、「読む」より「見る」に近い。文字を形として捉え、面で感じるだけの情報なんだと、この本を読んで思った。

 読書そのものについて書かれた、「本」にまつわる本は数あれど、その中で好きなものと嫌いなものがはっきり分かれる。まず大事なのは、「本」について書かれた言葉が、ちゃんと本からはみ出ているか。「本」の中に入ったままの言葉で本のことが書かれていても、まるで面白みがない。その点、この本の言葉は、どれも「本」をはみ出しているから信用できる。たとえその本のことを知らなくても、「本」そのものが物体として浮かび上がってきて、思わず手で触れて確かめたくなるほど。そうした文章に強く惹(ひ)かれるし、「読む」という行為はこんなにも濃密で、気持ちが動いたり止まったりして忙しいと実感する。

 著者は翻訳家だが、そもそも読書自体が翻訳に近いように思う。読者が読んだ言葉が、読者自身の中にある何かとぶつかり、新たな感情を引き起こす。それは言い換えれば、作者によって書かれた言葉は、誰かに読まれながら常に形を変えているということ。そんな風に、読む人の喜びはもちろん、読まれた本の喜びまでもが伝わってきた。そして、これほど付箋が頼りにならない本も珍しい。後から読み返してみても、ただそこに「何かいい」だけがある。読んだ文字が情報を超えた証しだ。読みながら、その感動を忘れないために付箋を貼るのに、その間にもうこぼれ落ちていってしまう。決して本の中から取り出せないからこそ、ずっと本の中にあって、いつでも読むことができるもの。

 この本は、そんな大切な言葉で溢(あふ)れている。(岩波書店、1980円)

読売新聞
2024年1月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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