『漂流する日本企業』
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『漂流する日本企業 どこで、なにを、間違え、迷走したのか?』伊丹敬之著
[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)
「従業員が第一」忘れたツケ
投資をしない日本企業を“漂流している”と批判する問題提起の本である。経営学者である著者は、アメリカ流の株主資本主義に惑わされて配当を支払いすぎ、従業員を大事にする経営を忘れたことが日本企業の低迷を招いたと主張する。
財務諸表を集計したデータベースである「法人企業統計」を根拠に日本企業を論じているのがこの本の特徴である。著者と同じデータベースを確認したところ、過去10年の間に配当は約2倍に増加しており、その一方、投資は停滞している。数字を見る限り、配当が増えたから投資が抑制されたのか、投資が停滞気味であったから資金に余裕ができて配当が増えたのかわからない。つまり数字だけでは因果関係を特定することはできない。
より注目すべきは、内部留保が500兆円を超えている事実である。著者は配当への支払いが投資を圧迫していると述べるが、そもそも日本企業は資金繰りに困っているわけではない。これだけ余裕資金があれば、投資資金を十分に賄うことができるはずである。
むしろ問題なのは、資金に余裕があるにもかかわらず投資が伸びないことにある。一般的に言えば、投資の停滞は、自らの会社の成長をイメージできない想像力の欠如に由来している。原因は堅牢(けんろう)なほどに保守化した企業風土とアニマルスピリットの喪失にある。
著者は過去に比べて賃金への支払いはほとんど増加していないことに注目する。企業の競争力の源泉は従業員であり、従業員の知恵とエネルギーを最大限に生かす「人本主義」経営に立ち戻れば、労働生産性は向上し、企業は投資をするようになるはずだと主張する。
経済学の目線でいえば、企業とは稼いだ利益を分配するマシーンである。内部留保を積み上げる日本企業は、いわば稼いだ利益をあたかも御供(おそな)えのように積み上げる神棚のようであり、何を目的に行動しているのか評者には不可解に映る。果たして、どうしたら企業が本来のかたちを取り戻せるのか、この本をきっかけに議論が盛り上がることを期待したい。(東洋経済新報社、2640円)