『県警の守護神 警務部監察課訟務係』水村舟著

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県警の守護神

『県警の守護神』

著者
水村 舟 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093867054
発売日
2024/01/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『県警の守護神 警務部監察課訟務係』水村舟著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

「被告」は警官 軽快裁判劇

 市民から民事訴訟を突き付けられた県警組織が舞台だ。主人公は被告側となった若い女性警察官、桐嶋。もう一人の主役は元判事ながら警察官になったという、荒城。荒城の戦いの場は法廷だ。訴えられた警察を無敗の連勝に導き、守護神と呼ばれてきた。

 敵役の女弁護士が知略をもって警察を訴える。権謀術数に長(た)けた荒城が、超人的法廷戦術で警察を護(まも)ろうと動く。裁判の内外で交錯するのは、真実は曲げられないという桐嶋と、組織を守るためには嘘(うそ)の証言も当然の策と考える荒城。二人の信念が火花を散らす。

 悪に満ちた組織と反旗を翻す正義の告発者による息詰まる闘いを連想されそうだが、さにあらず。組織の職員弾圧を扱う物語ではなく、署内の光景ですら、四コマ漫画の吹き出しを思わせる軽妙なやりとりが続く。警察小説は重く沈鬱(ちんうつ)という固定観念を吹き飛ばしてくれた。

 桐嶋の人物像は、論理性の欠如した、いわば清く愚かな「子供」だ。ただ嘘を憎み、正義への情熱だけをもって判事の前で無垢(むく)の情を叫ぶ。一方の荒城は汚く賢い「大人」だ。彼の法廷戦術に道徳もへったくれもない。組織を勝たせる論理がすべてだ。だが、けっして●(か)み合うことのない二人の狭間(はざま)に、いつしか読者は隠されていた事件の真相を知るに至る。

 刑事裁判は客観性が本質であるが、民事訴訟は裁判官の心象を獲得するのがすべてだと、大学一年の法学の講義で教わるだろう。本作の展開は、その点において新鮮なのではない。それよりも、まるでリアリティを気にしていないかのように著者の掌(てのひら)の上で二転三転転がされる訴訟の推移が、否応(いやおう)なく読み手を惹(ひ)き込む。

 読者から見て、桐嶋の愚昧と正義感は鬱陶(うっとう)しいはずだ。だが、狡猾(こうかつ)な法律家より彼女の方が格好良く見える一瞬が、確かにある。それが、爽やかな読後感を見事に成立させている。好著だ。フィクションとして間違いなく面白い。(小学館、1760円)

読売新聞
2024年5月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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