『ヤメ銀 銀行を飛び出すバンカー』
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『ヤメ銀 銀行を飛び出すバンカー』秋場大輔著
[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)
時代の荒波と「その後」
銀行は規制で守られていた時代から、金利自由化による競争、バブル崩壊、金融再編へと翻(ほん)弄(ろう)されながら現在に至る。本書のユニークさは、そこに働く人たちの目線から不良債権問題や銀行業の衰退を捉えているところにある。
本書には、不良債権の後始末の仕事をさせられて疲弊し、銀行に残るよりも去ることを選んだ何人もの「ヤメ銀」が登場する。はたして彼らは銀行で何を学んだのか、それはその後の人生でどう生かされたのかという視点から、著者はそれぞれにたくましく生きるヤメ銀を追いかけている。何よりも不良債権に押しつぶされそうになった当時の銀行で働くことの過酷さを訴える彼ら彼女らの声は、切実であり、生々しく、ときに赤裸々である。
気になったのは、登場するヤメ銀のほとんどが、そのまま「ヤメ金」になっていることである。つまり、銀行内部で培われた知識や能力は、金融業の外で生かされている。
評者は経済学者として当時、不良債権の積極的な処理に肯定的であった。不良債権を処理して銀行をスリム化すれば、銀行を飛び出した人材が、横並び意識と上意下達の縛りから解放されて、市場を中心とした新しい金融業を創ると期待していたのである。しかし、そうはならなかった。家計の資産形成や企業の投資促進の観点から、新しい金融業の台頭は潜在的な需要があったにも拘(かか)わらず、市場中心の金融が成長する展開にはならなかった。
なぜ金融業の内部で雇用調整は順調に進まなかったのだろうか。銀行組織に特有の規範が金融脳に優れた人材の育成を阻んだのであろうか。行政が新しい金融の発達を阻害したのであろうか。バブル崩壊のトラウマを引きずった投資家が資産市場の発達を受け入れなかったのであろうか。本書が焦点を当てているのは一人ひとりのヤメ銀であり、この問いには答えていない。ついつい深読みしたくなる一冊である。(文春新書、1155円)