■1-12 時間というのは残酷な性質がある

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

病死した霊とのことだから、床に伏しているのだろう。となると死んだ位置は数十センチほど浮いているはずだが、ハルさんの目は明らかに地面に向いていた。幽霊は家屋が取り壊された時に、重力に従って地面まで落ちるのだろうか。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■1-12 時間というのは残酷な性質がある

「当たったみたいよ」
 ハルさんはそう言った。「みたいよ」と言われても、それはあなたが決めることではないのかと思ったが、つまり俺はハルさんを納得させられる程度の答えは出せたらしい。それは、まあ、何よりだ。
 それからハルさんはすっと立ち上がった。視線はなにもない空間にじっと固定されていた。
「落ち着いたかしら? 佐々木ささきウメさん」
 しばらくの沈黙。それからハルさんはにこっと笑って、
「ええ。そうよ。舶来のいいお薬が手に入ったから、持ってきたの」
 と答えた。いや、一人でそう言った。舶来という言い方が引っかかったが、たしかにスイスの製薬企業が作っているので舶来ではある。
 またしばらく沈黙。その間にハルさんは相手の言葉に応じるように、小さく何度か頷いていた。
「ここはあなたのお家があった場所よ。もう取り壊されてしまったけれど」
 また沈黙。周囲をきょろきょろと見回すと、洗濯物を干すためにベランダに出ていた隣の家の老婦人が、ちらりとこちらを見て、とくに興味もなさそうに作業に戻っていった。
「ええ。あなたのお孫さんの代に、みんな東京のほうに引っ越しちゃったのよ」
 なるほど、この人はこんな調子で幽霊と話す、、、、、のか。 
 冷静に見るとかなり異様な光景なはずだが、ハルさんの話しぶりがあまりにも普通の日常会話調なせいで、遠くから見ればおそらく、ハルさんが誰かと電話をしているように見えたことだろう。通りのほうにちらりちらりと目をやると、さっきから数分おきに人が通りすぎる。ボールを持った小学生とか、犬を連れた老人とか。
「そうね。あなたが亡くなってから、ええと…」
 と言って、
ゆたかくん、今年って何年だったかしら」
 と、急に俺のほうを見て言った。突然話題を振られてピクッと肩が動いた。
「2019年です。和暦だと令和元年。少し前まで平成31年でしたが」
「れいわ?」