「で、君はその、刺繍糸? を燃やした生成物として何を得たのか、というのを聞きたいんだけど」
 2秒だけ考えた。糸を幽霊に送っていました、と言うのは気がとがめたが、CO₂です、というのも違う気がした。
「俺について言えば、バイト代ですが」
「バイトダイ?」
「ええ。俺はバイトです」
「となると、あの着物の人がその雇い主?」
「そうなりますね」
「雇い主さんの方は、それで何を得ているんだ?」
「あの人は霊媒師で、霊を慰めるための儀式として、ああいうモノを燃やす必要があるらしいです」
「はあ」
 彼女は発声とも呼吸ともつかない音を出した。
 俺はひととおり儀式の手順を説明した。まず死者を安心させること。それによって死者と対話すること。幽霊の側の声は俺にはまったく聞こえないので、ハルさんの一人喋りにしか見えない、ということ。あまり俺に語れることがないので説明は1分で終わった。
「なるほどねえ」
 ひととおり聞き終えて、高野たかのさん(という名前だそうだ)は頷いた。肩に乗った茶髪がひょいひょいと揺れた。
「でも、霊媒って普通は、自分の体に霊を宿して、自分で、、、死者の言葉を喋るんじゃないの? 霊媒師が霊と会話するんじゃなくて」
…そうなんですか?」
恐山おそれざんのイタコみたいな人たちは、そうだけど」
 言われてみると〈霊媒〉という字面から想像されるのは、そういう形式だ。「幽霊関係の仕事」とだけ理解していたので、あまり真面目に考えていなかった。
「そのへんは、まあ、地域性とか、流派の違いとかじゃないですか。ほら、茶道の表千家と裏千家みたいに」
「理工学部なのに比喩が文化的だね、君」
「学部を理由にするのはよくない、と言ったのはそちらでしょう」
「若者は適応が早いなあ」
 高野さんは笑った。年齢を理由にするのはいいんですか、と思ったが聞かなかった。
「その霊媒師さん、もし伝統的な形式があるなら、専攻にそういうの研究している先生がいるから、詳しい話を聞かせてほしいんだけど」
「伝統とかじゃないと思います。ハルさんが…その雇い主が、自分で始めたって言ってましたし」
「そうか、残念」
 と、高野さんはちょっと肩を落とした。残念基準、、、、がよくわからないが、伝統のものか新規なものかで学術的価値が変わってくるのだろうか。ハルさんが本当にひいばあちゃんの同級生だとしたら、少なくとも時間は相当に経ているわけだが。とはいえ個人の思いつきと何代も継承されたものでは意味合いが違ってくる、というのはわかる。
「ちなみに、これは学術とは関係ない興味なんだけど、最近の幽霊は天冠をつけてるのか?」
「てんかん?」
「額につける三角形の布だよ。死装束自体が廃れてるから、もう幽霊の間でも流行っていないのかな」
…いや、俺は幽霊を見たことないので」
「ああ、君は見えないほうの人か」
「というか、俺は、そもそも霊というのを信じてないです。雇い主が勝手に言っているだけで」
「はあ」
 高野さんはまた、発声とも呼吸ともつかない音を出した。

(つづく)