■4-4 笑ってはいけない、冷静になってもいけない

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

更新

前回のあらすじ

「ハルがまた降りてきたら、あなたに会うように言っておくわ」「いつ頃になるかわかりますか?」と俺は尋ねた。一刻も早くハルさんと話したかった。「ごめんなさい、生前からひとの都合を考えてくれない人だったしね」

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■4-4 笑ってはいけない、冷静になってもいけない

 ハルさんから電話が来たのは金曜だった。それは確かに「ハルさんからの電話」だった。鵜沼うぬまモモコではなく。
ゆたかくん、御用かしら?」
 という声を聞いたときに、ああ、確かにこれはハルさんだ、と思った。名前の呼び方が違うことは本質ではない。鵜沼モモコは俺のことを「谷原たにはらさん」と呼んでいたが、たとえ「豊くん」と呼んだとしても、俺はその違いを聞き分けられそうな気がした。おそらく人間は、文字列の並びとはかなり別のところで、言葉の意味を感じ取る能力を持っているのだろう。
「ずっと前に、川に救命用の浮き輪を投げたことがあったじゃないですか。俺がはじめてのバイトに呼ばれた、雨の日のことです」
 俺が話を切り出すと、ハルさんは「ああ…あったかしら」と不安そうな声を出した。「ハルさんの記憶」が鵜沼モモコの中でどのような構造になっているのか俺にはわからないので、話を進めるしかない。
「あのあたりの地形について、ちょっと知りたいことがあるんです。もし可能でしたら、あそこにいた霊を呼び出してもらえないでしょうか?」
「地形?」
「はい。できれば戦後まもない頃に、川のそばに住んでいた人の話を聞きたいんです」
「わかったわ。それじゃ、明日の午後でいいかしら?」
「ええ。お願いします」
 ということで、あっさり話がまとまった。幽霊を信じない俺が「霊を呼び出す」という行為を頼んでいることについて、彼女はなんの疑問も抱いていないようだった。そもそも俺が幽霊を信じないということを、ハルさんは信じていなかったのかもしれない。
 電話を切ったあと、ふと、これは金銭が発生するのだろうか、と思い至った。普段は俺がハルさんの助手としてバイト代を頂戴しているのだが、今回は依頼側という立場になる。そのあたりのシステムを、まったく把握していなかった。
 俺の手元には、このバイトによって得た金が相当に溜まっていた。実家暮らしの大学生にはおよそ不要な金だが、これをハルさんに払うような事態にはならないでほしい、と思った。この金がハルさんのもとに戻ることが、ある種の関係の清算になってしまうような気がしたからだ。
 翌日は土曜ということもあり、西田にしだもそこに立ち会うことになった。
「豊、お前が霊媒師のバイトって」
 と、西田は当然持つべき疑問を口にした。俺はそのあたりの経緯について、必要な情報量を8割引きでざっくり話した後で、
「ハルさん…その霊媒師がいるときに、俺がさも何かを見てるかのように話を進めることがあるけど、それについては何もツッコまないでくれ。演出として必要だからやってるだけだ」
 とだけ言っておいた。