【試し読み】960万部突破「しゃばけ」シリーズ最新刊『いつまで』④

【試し読み】960万部突破「しゃばけ」シリーズ最新作『いつまで』

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 火幻は次の日の昼間、往診の合間を見つけて、一旦いったん、二階屋へ戻った。一軒家へ持っていく物を風呂敷ふろしきに包み、当分留守にする二階屋を、掃除しておきたいと思ったからだ。
 妖達が勝手に居座ってから、部屋は掃除が行き届いていない。火幻は、近くの井戸から水をむと、台所のかめに溜め、ほうきを使い始めた。
「しかし、大変な事になった。場久さんがこんなに長く、行方知れずのままでいるとは、思ってもなかったよ」
 火幻は掃除の間に、時々、溜息と独り言を挟んだ。
「おれが寄席の主達に、場久さんが病になったと言ってから、大分経ってる。麻疹、そろそろなおったことにしないと、まずいよな」
 いざとなったら、場久は湯治とうじに出たことにしようと、離れから帰る前に、若だんなが言っていた。確かにそう決めれば、寄席から消えた事は、当分ごまかせるかも知れない。だが、しかし。
「そもそもどうして場久さんは、居なくなったんだ? あの妖はおだやかで、寄席の客にも人気が出てた。悪夢の中でも、誰かとぶつかるとは思えないんだが」
 首を振りつつ、今度は雑巾ぞうきんで畳を拭き始めた時、火幻はふと手を止めた。
「あれ? 今日は畳、大して汚れてないみたいだ」
 前は、勝手に開けられた窓から木の葉が舞い込み、泥の付いた足跡が畳に残っていた。訪ねてきた患者に、部屋内を見られるのが、恐いくらいだったのだ。
 ところが今日は、ちり一つ残っていない。
「はて、おれが逃げだしたせいかな。食べ物が尽きたんで、妖達は余所よそへ行ったんだろうか」
 火幻は少し、ほっとした顔になった。長崎屋の皆には、この家の騒ぎで心配を掛けている。丁度、場久の件と重なってしまい、申し訳なく思っていたのだ。
「場久さんが大変な時なのに、皆、ちゃんとおれの事も、心配してくれた。有り難かったなぁ。若だんなも妖達も、一人で何とかしろとは言わなかったんだ」
 もっとも若だんなが、火幻を一軒家へたくしたのには驚いた。そして当たり前のように、金次達がそれを承知したのにも、目を見張った。