【試し読み】960万部突破!「しゃばけ」シリーズ最新刊『いつまで』⑦

【試し読み】960万部突破「しゃばけ」シリーズ最新作『いつまで』

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「えっ? 何で?」
 驚き、思わずつぶやくと、闇から笑い声が伝わってくる。
 若だんなは、確かにまだ離れにいるが、以津真天がいる闇に、半分飲み込まれてもいる。それゆえ、思うように助けを呼べないのだと、声は嬉しげに言った。
「私が居るのは、人が、悪夢と呼んでる場だよ」
 ただ、悪夢と並の夢の差は、人それぞれだから、全ての夢は繋がっており、はるか彼方かなたまで続いているらしい。昨日を想い出し、明日へ考えを巡らせ、他の者との思い出から時の彼方へと、夢は広がっていくのだ。
「しかし若だんなの周りには、化け狐もいるのか。人の姿になれる者は、便利に使えるからな。呼びつけて、己を守らせる事も出来る」
 皮肉っぽく言ってくる声の方を、若だんなは向いた。
「以津真天、どうして獏の支配する、悪夢にいるの? 場久が行方知れずになっているけど、関わってるの?」
 場久が消えたことと、二階屋の妖が繋がっているとは、考えの外だった。すると、何故だか心地良さげな声が響いてくる。
「私は、獏じゃないからね。悪夢を仕切ったりは出来ないんだ。妖が行き来出来る程、夢を保てるのは、あの獏、場久だけさ」
 だから。以津真天の声は、明るくなっていく。
「火幻の、西国の友だと言って、私は、あの獏に近づいた。それから、西の寺の坊主が作ったお札で、あの妖を縛り上げてやった」
「えっ…」
「同じ西の妖、元興寺は、寺に住む妖だ。それで坊主達が作る護符ごふも、持ってたのさ」
 場久は今、この悪夢の中に、閉じ込めてあるという。そうやって以津真天は、勝手にこの悪夢を使い、火幻に、東の新参者であることを、思い知らせてやる事にしたのだ。
「思い知らせる? なんで?」
 訳が分からない。若だんなが本気で言うと、以津真天が声を険しくした。
「なんであの火幻だけが、さっさと新しい先へ移って、お気楽に暮らしてられるんだ!」
 いや医者に化けている、火幻だけではない。江戸へ来てみて驚いた。悪夢の主、獏ときたら、なんと寄席で語り、客から褒められていたのだ。
「悪夢を仕切ってる獏を、どうして人が、褒めそやすんだ?」
 それを知って以来、以津真天は怒りに支配されていた。よって場久と会った時、影内で獏を縛り上げていたという。そして。