用意されたスクール水着の上に部の備品らしきTシャツとハーフパンツを着込む。着替え終わった二人を待っていたものは、千帆による初心者のためのレクチャーだった。
「すっごく不安定だからびっくりしないでね。カヌーに乗り込むときは、パドルのシャフト部分―そう、この棒の部分でカヌーと岸を押さえながら片足ずつ乗り込むの。大丈夫、最初は私が押さえておくから」
 ライフジャケットを装着した舞奈は、千帆の指示に従い恐る恐るカヌーへ乗り込む。足を入れただけで船体が大きくぐらついたのが分かる。プールの反対側で、恵梨香が涼しい顔でカヌーを漕いでいた。希衣が驚いたように目を丸くする。
「あれ、湧別さんってやっぱり経験者?」
「一応。クラブとかには入ったことないんですけど」
「なんだ、じゃあ細かく説明する必要なかったね。知ってることばっかだったでしょ」
「いえ、あんまり。競技とかそういうのには詳しくなかったので」
 パドルを操作しながらにも関わらず、恵梨香には随分と余裕があった。和やかに二人が会話しているのを聞き流しながら、舞奈はふるふると小刻みに震え続ける自身の身体からだに意識を集中させていた。
「こ、こわい! 揺れてる!」
「そうだね、揺れるね」
「落ちますってこれ、絶対落ちる」
 手で支えてもらっているというのに、それでも舟はガクガクと揺れ続けている。必死に腰をくねらせる舞奈に、千帆があっけらかんと言い放つ。
「じゃ、離すね」
「えっ」
 重心が安定せず、舞奈は両腕を左右に傾けることでなんとか体の軸を安定させようとする。が、そんな抵抗もむなしく、身体はあっという間に傾いた。ばしゃんという音と共にカヌーが勢いよくひっくり返る。四月は水温もだ冷たく、舞奈は無意識に「うお」とうめき声を上げた。
「大丈夫?」
 プールサイドから、千帆が心配そうにこちらをのぞき込んでいる。ぷかりと身体を浮かせたまま、舞奈はこくこくと頷いた。
「あの、乗れるようになる気がしないんですけど」
「競技用はねぇ、本当に難しいから。自転車みたいなもんで、一度乗れるようになったら平気なんだけど」
「普通の人って、このカヌーを乗りこなせるようになるのにどのくらい掛かるんですか?」
「そうだねぇ…乗りこなせるって言葉の定義にもよるし、人によってバラバラだけど、大体三か月はかかるかなぁ」