小公女たちのしあわせレシピ

小公女たちのしあわせレシピ

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「おぼえてる? ロンドンで食べた名物が、すっごく甘かったなあ」
「あったね。蜂蜜がたっぷりかかってて」
「でもあの甘さが意外とくせになりそうだったな。こっちにはない甘さで」
「干しぶどうみたいなのが入ってたよね」
「あれって、カランツじゃない?」
「カランツっていうの? 小粒の干しぶどうみたいな。つぐみ、菓子パンメーカーに勤めてるだけあって詳しいね」
 最近は、ちょっとおしゃれなパン屋さんでカランツ入りのパンを見かけるようになったが、名前はまだあまり馴染みがないかもしれない。沙也佳は知らないようだった。つぐみの勤め先は、昔からの庶民的な菓子パンがほとんどなので、カランツを使ったものはないが、パン作りや素材については研修などで学んだからか、少しはわかるようになった。
「そういえばあのパン、沙也佳がガイドブックで見て、食べてみたいってことで買いに行ったんだったよね」
「そうそう、昔からの名物ってあったから。でもあのときのガイドブック、レーズン入りって書いてたような」
「まあ、カランツもレーズンの一種だから」
「そうなんだ。じゃあぶどうには違いないのね」
 だからこっちでは、カランツを使っていても、レーズンと呼んでいることが多い。そのほうが、お客さんにはわかりやすいから。
「そっか、ぶどうパンだ!」
 はっとして、つぐみは声に力を入れた。『小公女』のぶどうパンは、イギリスの食べ物だ。当然のこと、カランツのパンだったはずだ。
「え、どうしたの? 急に」
「あのね、部屋を片付けてたら、『小公女』の本があって、そこにぶどうパンの作り方を書いた紙がはさんであったの。セーラが買ったぶどうパン、もしかしたら、わたしたちが食べたあれなんじゃないかな」
 昔から名物のパンだというのだから、小公女が書かれた時代にもあったはずだし、舞台がロンドンなのだから、同じパンだった可能性がある。セーラが買った小さなパンも、あんなふうにとても甘かったのではないか。
 ぶどうパンが出てくるページにはさんであったのだから、レシピは、それを再現するものだったはずだ。あれを書いたのがメアリさんなら、彼女がイメージした『小公女』のぶどうパンをつくることができる。食べてみたいと、つぐみの気持ちは盛り上がる。
「ねえ、沙也佳。つくってみない? あのときのパン」
 いきなり『小公女』の話をされても、わけがわからないだろう沙也佳は、目をぱちくりさせている。つぐみは一方的に前のめりになる。
「今から?」
「急がないでしょう? 明日も休みだし、何なら今日、泊まっていかない?」