今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。
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忙しかった一九九二年もいよいよお終い。大晦日の午後九時、宮部みゆき氏は最後の原稿を書きおえると、静かにワープロの電源を落とし、ホッとため息を一つ。――犬のように働き、丸太のように眠る――文字通りそんな一年だった。多くの原稿を書き、たくさん収穫もあった。仕事場に鍵を掛け、深川の自宅に戻るとホッとする。本当に今年も無事終わったのだという実感がやっとわいてくる。
両親と年越し蕎麦を食べているうち、除夜の鐘が聞こえてきた。大晦日の雰囲気はしみじみとしてとても好きだ。十二時になると宮部家の毎年の習わしで、家族揃って冨岡八幡宮に初詣に行く。「今年も健康でありますように」。御神籤は中吉。何事も中庸がよろし。
明けて一月一日。目が覚めると朝の十時だった。正月らしい穏やかないい天気で自然と気分も浮き浮きしてくる。朝の雑煮は小松菜にトリ、なると、餅は焼かない角餅であっさりと醤油仕立て、宮部氏の好物である。その他、煮しめ、粟きんとん、玉子焼など、お節の定番ももちろん食卓に並んでいる。正月のお膳は華やかで良い。
午後、亀戸天神にお参りに行くが、あまりの混雑に山門前で挫折、舟橋屋の葛餅を買って帰途につく。午後の一番混む時間に出掛けたのが敗因だったかと少し反省。家に帰ると昼風呂をつかい、両親とさっき買った葛餅でお茶にする。元旦は仕事をしないと決めているので、実にゆっくりと時間が流れる。頭の隅にチラッと、鬼より怖い編集者たちの顔が浮かばないこともないが、一年のうちたった一日こんな日があってもイイではないか。イイに決まっている。したがって花札にうち興じた。親子といえどもギャンブルに情けは無用、真剣勝負である。結果は「トントンでした」と宮部氏の言。やはり何事も中庸がよろし。ひと勝負ついた後は、炬燵を囲んでテレビを見たり、本を読んだりして過ごす。正しい日本の正月である。読んだ本はジンメルの『ヒバリの歌はこの春かぎり』。
夕食後、両親とおしゃべりして過ごす。よく考えてみると、親とこんなふうにゆっくり話すことはめったにないことに気付く。「体にだけはくれぐれも気を付けるように」と御両親の言葉。
両親は十二時頃に床に入り、宮部氏はジンメルの続きを読みながら、過ぎていった昨年を振り返り、やって来た今年のことを考えた。去年は忙しかったけれどもいい年だった。昨年出した『火車』には好意的な評価が寄せられ、直木賞候補にも上がった。今年早々には日本推理サスペンス大賞を受賞した『魔術はささやく』が文庫化される。書下ろしの予定もいくつかある。今年も忙しい年になりそうだ。そこで今年の抱負――欲張らず、マイペース――いい年でありますように。
宮部みゆき
1960(昭和35)年、東京生れ。1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。1989(平成元)年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞を受賞。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。1993年『火車』で山本周五郎賞を受賞。1997年『蒲生邸事件』で日本SF大賞を受賞。1999年には『理由』で直木賞を受賞。2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、2002年には司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を受賞。2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞した。他の作品に『ソロモンの偽証』『英雄の書』『悲嘆の門』『小暮写眞館』『荒神』『希望荘』などがある。
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