“よそもの”がもたらす京都の活力

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京都で働く

『京都で働く』

著者
アリカ [編集]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103380917
発売日
2015/01/30
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

“よそもの”がもたらす京都の活力

[レビュアー] 佐伯順子(同志社大学大学院教授・比較文化学者)

 明治の教会に老舗のパン屋、珈琲の名店……京都はハイカラな街である。京都で職住近接の暮らしを始めて十年以上、進々堂のパンで目覚め、煉瓦づくりの教会を横目に自転車通勤しながら、むしろ東京よりも生活のなかに洋風文化がとけ込んでいると体感する。

 京都で活躍する京都外出身者の九分野のビジネス経験を記した本書のなかで、カフェ、パン、チョコレートと、三分の一が洋食系であることは、まさに京都の“新たな伝統”の継承といえよう。思えば明治維新の後、棄てられた都にならぬよう迅速に京都の近代化を成功させたのも、会津の山本覚馬と長州出身の知事・植村正直のコンビ。いずれもいわば“よそもの”であり、進取の気風は古都・京都に西洋近代文明のいちはやい移入を可能にしたのだ。

 もちろん、染色、蒔絵と、いわゆる伝統工芸の領域で新境地を拓く方々の活躍も紹介されており、京都の文化力の古典的な一面も健在。オンラインショップによる海外への販売網の拡大、ウェブサイトのたちあげと、現代ならではの情報網を駆使した展開は、いかにも伝統と現代の融合によるビジネス・モデル。

 ニューヨーク滞在が結んだ国際結婚カップルによる手作りのチョコレート、フィンランド留学で学んだ本場フィンランドのパン、ロンドンで触発された代理店のノウハウと、国際経験が生かされているのも、京都の卓抜した国際性の証明である。祇園祭のタピストリーがはるか海をこえてもたらされたように、千年の都・京都は、今も昔も最先端の国際性を失っていない。それこそが京都の活力であると本書は証明する。

 登場する方々の出身地は、北陸、中部、四国、関東と多岐にわたる。近畿圏のみならず、京都が文字通り全国各地から人材を集める都市力を有している理由も、伝統性と国際性の見事な共存にあろう。実際、彼らの口から共通して出てくる京都の魅力は、「人の縁」というアナログで古風なつながりと、海外の視点から発見される文化的価値である。

 保健学から染色へ、弁護士志望からゲストハウスの女将へ、美容院から革職人へと、過去の専門分野とは異なる世界で花開いている方々が多いのは、地域性をぬきにしても、キャリア形成の多様な可能性をみせて興味深い。“この道一筋”もひとつのあり方だが、多様な経験が異分野で潜在的に大きな力として実を結ぶ時代でもあるのだ。

 しかもそれらの経験が、“自分磨き”に閉じるのではなく、国際交流や地域文化の活性化という社会貢献を実現している事実も、大いに学ぶべき点であろう。過大な自己実現意欲や高すぎる自己評価に憑かれた若者が登場する風潮もあるなか、地道な試行錯誤が公的貢献をもたらす生き様を、次代を担う人々にもぜひ見習ってほしい。

 本書の編集自体も、京都で女性二人が設立したプロダクションによる。以前、京都の老舗旅荘・吉田山荘の中村京古さん、京菓匠・笹屋伊織の十代目女将、田丸みゆきさん、元ワコールの敏腕人材育成コンサルタント、水谷伊久子さんという、まさに和洋折衷、伝統と近代の組合せでシンポジウムをし、京都の「女子力」に感銘をうけたが、随所に女性の活躍がみられるのも頼もしい。

 長州ルーツで東京生まれの私も最初のうち、京都は暮らしにくいのでは……としばしば尋ねられたものだが、本音の回答としてそうではない。本書の石原さんと同じく、町内会の仕事は平等にまわってくるし、地域の行事案内も回覧され、アウェイ感よりも逆に、四季の何気ないしつらいや町のたたずまいに、故郷のようななつかしさを感じて現在に至る。本書の皆様も同じ居心地のよさを感じ、京都に定着されたのではと拝察する。

 ランチによく出かける職場近所の「樹々丸」の名を思いがけずみいだしたのもうれしい。ここもお若いご夫婦による銀座のギャラリー以上に洗練された、前衛芸術のような盆栽カフェで、しかもほっこりする和風空間なのだ。

「日本に、京都があってよかった。」(京都市)というキャッチフレーズは、住んでみて実感できる。願わくはこうした地域的文化力が、同様に日本の他の町にも生かされてゆくように。

新潮社 波
2015年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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