『「昭和天皇実録」を読む』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「昭和天皇実録」を読む [著]原武史
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
生誕から葬儀までを年代順に編纂した『昭和天皇実録』は、目次などをあわせて六一冊という大部である(昨年公開、東京書籍から刊行も開始)。膨大な記録はなんでもそうだが、なんらかの仮説を裏づける証拠を探すような読み方は、なかなか楽しい読書にはならない。予断なしに読んでいくほうがずっとおもしろい。しかしこの「実録」はあまりにも膨大で、ひるんでしまう。
こんなときは、まず信頼できる他者の目を借りる。気鋭の研究者である著者は、天皇の思いがけない面を見せてくれる。興味をひかれて、休憩もしないで読みとおした。
たとえばこんな例だ。昭和天皇は幼少期を沼津で過ごしている。祖父(明治天皇)とも父(大正天皇)とも別居であり、身近に接する機会がない。一方、親族の女性たちはひんぱんに沼津を訪れたので、曾祖母、祖母、母、叔母たちなど、女性皇族ばかりに囲まれて育った。こうした特殊な環境が幼い裕仁に与えた影響をこの本は示唆しているが、「女ことばの環境」が昭和天皇の思想(の、少なくともある一面) を形作った可能性を考えると、あらたな視野がひらける。
この本の中心テーマは「神」と「臣民」とのあいだに立つ存在としての天皇である。それは確固たる、不動の像ではなくて、つねに少しずつ変化する。著者の繊細な目は、その揺らぎを丁寧に追っている。