北方謙三×二階堂ふみ・対談 俺の十字路、君の十字路 『十字路が見える』刊行記念

対談・鼎談

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十字路が見える

『十字路が見える』

著者
北方 謙三 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103562122
発売日
2015/06/22
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

北方謙三『十字路が見える』刊行記念 北方謙三×二階堂ふみ/俺の十字路、君の十字路

 憧れの文壇クラブ

二階堂 公演中の舞台(大人計画「不倫探偵?最期の過ち?」)にお花を贈ってくださって、ありがとうございました。

北方 舞台での二階堂さんはすごかったね。テンションの芝居だった。映画でいったらデビッド・リンチ的な……ああいう舞台は、頭で理解しようとしたら負けなんだろうな。

二階堂 舞台のお仕事は二年ぶりになります。これまでは同じことを繰り返す感じでしたが、今は演じるたびに違って、舞台ならではの楽しさを満喫しています。

北方 板の上では一期一会だもんな。それがライブの面白さ。表現者は常に一人対一人であるべきだと思う。客席を見ると、暗闇の中にたくさんの人間がいるように見えるけれど、実は孤独な一人が集まっているだけなんだよ。だから役者も、一人に向かって演じた方がいい。二階堂ふみの言葉を受け止めている一人が集まって、観客という群衆になるんだ。ところで、どうして文壇クラブに行ってみたいと思ったの?

二階堂 北方さんと一緒じゃなきゃ、行けない場所だと思ったから。

北方 作家が来るという以外、あまり他のクラブとの違いはないと思うよ。お店の数も減ってしまって、いま頑張っている三軒は、作家仲間のあいだで「動物園」「猿の惑星」「お化け屋敷」と呼ばれていて――。

水口素子ママ ちょっと、謙ちゃん。最近は銀座で遊ぶ作家の方も減ってきてしまいましたけどね、昭和の文壇事情なら詳しくお話しできますよ。

二階堂 どんな作家さんが飲みにいらしていたんですか?

水口ママ 吉行淳之介さんや松本清張さん、井上靖さん……本当に楽しい方ばかりで、いろいろ勉強をさせていただきました。でも皆さん亡くなられてしまって……寂しいです。

 小説の言葉

北方 そういえば、二階堂さんは今、文筆修業中でしたね。

二階堂 はい。「小説新潮」に「只今 文筆修業中」という連載を持っています。

北方 実は、何度か読んだことがあるんだけど、連載し始めのころは言葉づかいがユニークで、「どうしてここで、この言葉を選ぶんだ?」って気になって仕方がなかった。でも最近は、文章が滑らかになってしまって不満だな(笑)。とんがったものは、とんがったままにしておいた方がいいと思うよ。「修業中」なんだから。そのとんがったものの中から、二階堂さんだけの“小説の言葉”を見つけていくといい。

二階堂 “小説の言葉”って、どういう意味ですか。

北方 例えば、ここにある赤いバラを表現して、「うつくしい赤」と書くと、それは客観的な表現になる。でも、「いい赤」と書くと、これは主観的な表現。主観的な言葉を使って普遍性を表すのが“小説の言葉”です。「うつくしい赤」は誰でも書ける。「いい赤」を表す言葉を獲得できるかどうか……主観的な言葉に、どれだけ客観性を持たせられるか、その矛盾した作業が作家の仕事です。

二階堂 なんだか、果てしない……。

北方 二階堂さん、俺に惚れないでね。俺に惚れたら、低温やけどだよ。

二階堂 低温?

北方 低温やけどはね、やけどしている最中は気持ちいいんだけど、なかなか治らない。

二階堂 そうですか(笑)。お酒や葉巻についても書かれているので、今日は葉巻を吸ってる北方さんが生で見られると思って、ドキドキしてたんですよ。

北方 今日は君のそばで葉巻を吸いたいと思ってたんだ。君が今晩、家に帰ってシャワーを浴びようとするだろ。髪をほどくと、ふわっと残り香が立ち上って、俺のことを思い出すんだよ(笑)。

 二十代の十字路

――『十字路が見える』では、北方さんの「生き方」というか「流儀」を、読者である「君」に語りかけるように書かれています。二つ道があったら、迷わずつらい方を選べ、と。これは、二階堂さんのような若い読者へのエールですね。

北方 芸能界は、平気で人の足を引っ張る世界だ。二階堂さん自身が、その部分はよく分かっていらっしゃるんじゃないのかな。真面目に人生に向き合っている人は、ちゃんとつらい方を選んでる。文壇バーで飲んだくれていた二十代のころ。俺が没原稿を量産しているのに、中上健次は二十九歳で芥川賞を取った。中上にあって、自分にないものを必死で考えたよ。そして、よく編集者たちが「心の闇を書け」と言っていたけど、俺の心の中に「闇」はない、ということに気付いた(笑)。

二階堂 北方さんの中にあったのは?

北方 「物語」だ。それで、書くものを変えた。編集者の中には「堕落した」とかいう人もいたけど、あれは明らかに俺の十字路だったと思う。

二階堂 十字路か……。私、取材などで「女優を目指したきっかけは?」と聞かれるとき、理屈の通った「答え」がないんです。ただ映画が好きで。

北方 それは二階堂さんが、まだ十字路に立っていないからだよ。これからだ。

 運命の出会い!?

北方 僕が二階堂さんを初めてスクリーンで見たのは、ベルリンの映画館だった。『そらそい』という自主制作映画に、「フーちゃん」という役名で出てたでしょ。

二階堂 えっ、『そらそい』を観てくださったんですか!? DVD化もされていない作品なのに。

北方 二〇〇九年にベルリン国際映画祭に呼ばれていったとき、日本映画の上映はぜんぶ見たんだ。作品自体は、大学生の素朴な群像劇だったんだけど、その中で「うまい女優がいるなぁ」と感心したのを覚えているよ。

二階堂 嬉しいです! 映画を撮ったのは十三歳の時でしたが、この「フー女子」という役がアニメオタクの「腐女子」の設定だったので、名前と設定が音でかけられていて。

北方 『地獄でなぜ悪い』で二階堂さんを見て、「なんてアナーキーな女優がいるんだ!」と驚いた後、「もしかして、あの子じゃないか?」と、ふと思い出したんだ。ずっと気になってたから、本人に確認できてよかった。しかし、十三歳か。その時から、すごい存在感だったよ。ちょっと意地悪なことを言えば、これから先が大変だと思った。

二階堂 いつも大変ですよ(笑)。

北方 いやいや。君は順調にキャリアを積んできたけど、それは生まれ持った存在感であり、演技力のおかげだと思うんだ。一方、まだ表の世界に出てこれない奴らは今、歯を食いしばって這い上がろうとしている。俺は下積み時代が長かったから、そういう奴らの必死さがよく分かる。例えばあと十年後、そういう奴らが培ってきた迫力に、あなたは立ち向かえるようにしておかないと。

二階堂 そう言っていただけて嬉しいですが、この仕事に関しては、ちょっと割り切って考えている部分があるんです。自分が本当に欲しくて、求めているものは、この仕事をいくら続けても手に入らないような気がしていて……。

北方 それって、俺の心か!?

二階堂 違います(笑)。具体的に何を求めているかということではなくて、本当に欲しいものが手に入ったら、自分の演技が変わってしまうかもしれない、自分が周囲に求められているものが消えてしまうかもしれない、という恐れかもしれません。手に入らない方が、表現者としての自分にはいいことじゃないか、とか。

北方 表現者がすべてを手に入れてしまったら、終わりだよ。無駄なものの積み重ねというのが必要だと思う。無駄だと思っていたことが、ある日突然無駄じゃなくなる。二階堂さんは、その無駄があまりないように思う。

二階堂 まだこれから、ということでしょうか。

北方 ああ。文筆修業も役に立つんじゃないのかな。無駄なものを積み重ねるとき、君は苦しむし、悔しい思いもするだろう。でも、そのときは、俺がそばにいるから(笑)。

二階堂 じわっときました。お風呂入るときに、思い出しちゃう(笑)。

北方 これは、僕の先輩が言っていたんだけど、「男と女は誤解して愛しあい、理解して別れる」……。

二階堂 それも、主観と客観ですね。

北方 君はまだ、これからいっぱい誤解できるぞ。羨ましいな。

撮影協力 銀座「ザボン」「D-Heartman」

北方謙三
1947年、佐賀県生まれ。1970年「明るい街へ」でデビュー。ハードボイルド小説で数々の文学賞を受賞後、1988年から歴史小説にも挑み、1991年柴田錬三郎賞、2006年司馬遼太郎賞、2007年舟橋聖一文学賞、2011年毎日出版文化賞を受賞。2010年日本ミステリー文学大賞受賞。

二階堂ふみ
1994年、沖縄県生まれ。2009年『ガマの油』で映画デビュー。2011年ベネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞受賞、2015年日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞するなど今最も注目の若手女優。主演映画『この国の空』が今夏公開。

新潮社 波
2015年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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