『みんなのお墓』
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<書評>『みんなのお墓』吉村萬壱(まんいち) 著
[レビュアー] 横尾和博(文芸評論家)
◆真実求め集うカーニバル空間
墓地を徘徊(はいかい)する全裸女性。墓と裸、異なるふたつのモチーフの組み合わせが、不気味な世界へ読者を誘う。
舞台は架空のK市、市営の共同墓地、斎場、精神科病院があり暗い川が流れ、お化け団地もある。多重交通事故、殺人、斎場のボイラー異常など不安がさりげなくまちに忍び寄る。海外では戦争や虐殺が勃発中だ。30代の主婦木村麻奈(まな)は、引きこもりやホームレス支援のボランティア団体で活動中。夫は長期間海外出張中である。麻奈は密(ひそ)かに墓地や川で全裸になり、歩き回って鬱屈(うっくつ)を発散させる。裸は自分を解放する手段だ。一方、怪しげな塾に体験合宿生として入った19歳の斎木俘実(ふみ)は浪人中。いじめと暴力が常態化する塾で、講師におまえは誰かと詰問された俘実は苦しまぎれに、悪に触れることで悪そのものを克服する魔女だと答える。暴力をふるわれ逃げる途中で、彼女は半裸状態に。引きこもり男は裸女撮影のため墓の陰に潜み、死者となった風俗通いの会社員や、家族との葛藤を抱える子どもなどが、みなカーニバル空間としての墓地に集う。
人々はなぜ墓地に引き寄せられるのか。墓は死の象徴で、無名の死者たちは何も語らない。墓は生者の思いのためにある。ラストで子どもが語る「ちゃんと生きても駄目に生きても、結局みんな灰になるんだよね」との言葉に覚醒した。老人ではなく子どもに語らせるのが巧みだ。
本書の登場人物は平凡だが、自分が自分であろうとして悩む。実存の苦しみだ。人は裸の行為を倫理的におかしいと言うだろう。遠い昔から日常をはみだした者は、異端として魔女のように排斥されてきた。だが麻奈や俘実は裸に見えるが、真実というほんとうの衣装をまとっている。彼女らを嘲笑できるか。本来の自分の生き方ができぬまま、自意識の泥沼に翻弄(ほんろう)される哀(かな)しい人間たち。私たちはこの狂った世界で、「ちゃんと生きる」ためには奇矯な行動をするしかないのか。規範や倫理に迎合しないのが文学の真髄(しんずい)。ラジカルな著者に脱帽である。
(徳間書店・2090円)
1961年生まれ。「ハリガネムシ」で芥川賞。著書『臣女(おみおんな)』など。
◆もう一冊
『出来事』吉村萬壱著(鳥影社)。見慣れたはずの外界が何かおかしい。