南沢奈央の読書日記
2024/05/03

月が綺麗ですね

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撮影:南沢奈央

 先日、有楽町朝日ホールに立川談春師匠の独演会を観に行った。“芸歴40周年特別企画”として、今年1月から10月までのあいだ、毎月4席ずつ大ネタを高座にかけて、40席やろうという試み。
 このあいだわたしが拝見した会は、『三方一両損』と『紺屋高尾』だった。その前に“お楽しみ”として『かぼちゃや』を演じられていたのだが、「前座噺をやらない前座だったから、今回ちゃんと覚えてみました」というマクラでの話から、談春さんの前座時代が少しだけでも見えたのがやけに新鮮だった。
 落語の芸が素晴らしすぎるのは言葉を尽くしてもここでは語り切れないので、今回聞いたマクラの話を、今回の読書日記のマクラにしたいと思う。お付き合いください。
 江戸っ子の粋を表現するのに「宵越しの銭は持たない」とよく言うが、お金に対する執着がないのは現代も落語家のあいだに変わらずにあることだと話していたのが印象的だった。今でも出演料を聞かずに落語会に出演するし、お金で何かを解決するのは野暮。先日春風亭柳枝師匠が企画して行われた、能登応援落語会“チャリ亭”ではすぐに出演者が集まったという。千秋楽は談春さんの他に、春風亭昇太師匠、柳家花緑師匠という、普段はなかなか揃うことがない錚々たるメンバー。この一連で、“これってまさに『三方一両損』だな”と思ったのだそう。日常のなかに落語があることが感じられるエピソードで、その流れで入った古典落語には古典とは思えない風が吹いたのだった。
 そして、『紺屋高尾』。談春さんの落語でわたしが一番好きな一席だ。これには、セットで必ず話すマクラがある。それが、夏目漱石が〈I love you〉を〈月が綺麗ですね〉と訳したという話。「事実ではないようなんですがね」と加えつつ、二葉亭四迷の〈あなたとならば死んでもいいわ〉と訳したという逸話のほうがが自分には響いたと、少し恥ずかしそうに吐露しながら、「愛」という言葉がなかった時代の「真の愛」の物語として落語に入っていくのだ。

 
 まさにその独演会のときにも持参していた北村薫さんの『中野のお父さんと五つの謎』でも、漱石の〈月が綺麗ですね〉問題が出てきたのである。
 さらに、〈ある落語家がそれを枕に使ってる〉ともあり、談春さんの『紺屋高尾』を思い出していたから、このタイミングで偶然にも生で聴けた感動はひとしおだった。
 そんな落語を聴き終え、だいぶ冷静になった後。本の中でも「漱石がそう訳したというのは、根拠のない伝説でしょう」とあるけれど、では一体、どこからこの話が生まれたのか。
 気になるけれど調べるまでに至っていなかったわたしの欲に応えてくれるように、編集者の主人公・田川美希が、周りの博識な先生に話を聞き、あらゆる資料を探り、最終的には中野に住む国語教師のお父さんの元に行って、その謎を解くのである。
 想像することと、事実を辿ることの面白さはぜひ読んで体感していただきたいところなので詳しくは紹介しないが、伝言ゲームのように、文豪の逸話が語り継がれ、それを面白がり、徐々に大きく盛られていって、いわゆる“文豪らしい逸話”へと変化していった、その過程が明らかになり、思わず膝を打つ。
 
 ――と物語が面白いのはさておき、と冒頭の談春さんの落語と同じことを言うようだが、この本を読んで個人的に胸キュンだったのは、落語の話題が豊富なことなのである。
 文豪の謎を解きながら、落語の話題が多数登場する。〈志ん生といえば、十八番中の十八番が『火焔太鼓』。その枕を聞いただけで、引き込まれてしまったな〉というくだりは、大共感だったし、落語のようなことが夏目漱石にもあったというエピソードの最後、「人生は落語だ」と締めているのに痺れたし、芥川龍之介が初代三遊亭圓右と顔が似ているというのはなんだか微笑ましかった。
 一番刺さったのはこの部分。〈消えてしまい、もう伝えなくてもいいものもある。しかし、今はないからこそ、伝えてほしいものもある〉。
 現代には使われない表現や今はもう存在しない物や場所。それが落語にはたくさん残っている。『はてなの茶碗』という落語で、“万葉仮名”という言葉が登場する。文字で残された資料には、“万葉仮名”と書かれていてフリガナがない。だから“まんようがな”と読んでしまうところだが、かつては当たり前に“まんにょうがな”と読んだ時代があったのだそう。
 そして人間国宝でもある桂米朝は、落語のなかで、“まんにょうがな”と言っていたのだという。現代では使わなくともそれをあえて残すことで、今ではない空気を伝え残すことができる。さらに弟子である枝雀や吉朝も、師の言葉を受け継いで“まんにょうがな”と言っていた。〈落語が、活字ではなく、人の口から耳へと伝えられることの意味が、ここにある。敬愛する人の息づかいと共に言葉のバトンが渡される〉――。
 大好きな本を通して、文豪に触れて、こうして大好きな落語の素晴らしさを再確認……。珍しく興奮して眠れず、月を見上げてしまうのだった。

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