愛のようだ [著]長嶋有

レビュー

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愛のようだ

『愛のようだ』

著者
長嶋 有 [著]
出版社
リトル・モア
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784898154243
発売日
2015/11/20
価格
1,296円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

愛のようだ [著]長嶋有

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

『愛のようだ』は移動する車を舞台にした恋愛小説だ。四十歳にして初めて運転免許を取った主人公・戸倉の愛車は、九十年代半ばに“僕たちの、どこでもドア”というキャッチコピーで売りだされた日産ラシーン。今はもう製造されていない車が、さまざまな記憶へ通じる扉になる。

 車を手に入れた戸倉は、友人の須崎、その恋人の琴美と伊勢神宮に行く。琴美の骨が鳴る音から『キン肉マン』を連想し、戸倉と須崎はアニメのオープニングテーマを歌う。癌の手術を受けてやつれていてもナンパされるくらいきれいな女子に対して、牛丼好きの正義超人のイメージを重ねるくだりに笑ってしまった。二人の歌を興味なさそうに聞いていた琴美が、あとで同じフレーズを口ずさむ場面もいい。

 伊勢の旅で戸倉は自覚のないまま琴美を好きになるが、彼女のことを多くは語らない。近況の報告があったら、さっと触れるだけだ。つらい内容のメールが届いたときも感想をまったく言わない。誰にも聞こえない、心のなかでさえも。何か解釈した途端に消えてしまうものがあるからではないか。物語の終盤、元恋人を〈あの女〉と呼ぶ男の子に、戸倉がこんなことを言う。〈万華鏡を分解して、中身にガッカリした、みたいなことをいうな〉〈万華鏡はただ喜んで回すんだ、それでみえていたことだけが本当のことだよ〉。

 戸倉は琴美の言動を分解せず、なるべく生のまま記憶する。自分の想像で余計な加工をしない。その代わり、別の友達と車に乗っている時間も『キン肉マン』の歌に出てきた“愛”という言葉を気にし続ける。クリスタルキングの「愛を取り戻せ!!」、奥田民生の「さすらい」、菅原文太と愛川欽也の映画「トラック野郎」の主題歌を聞きながら。他にもゴミ箱に捨てるはずだったレシート、懐かしの芳香剤ポピーなど、一見取るに足らないアイテムが、失ったものの思い出につながっている。

新潮社 週刊新潮
2015年12月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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