物語に折りたたまれている時間が自分の内に広がるような読み心地―。柴崎友香の3冊

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物語に折りたたまれている時間が自分の内に広がるような読み心地―。柴崎友香の3冊

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 柴崎友香『百年と一日』をはじめて読んだとき思い出したのは、夕暮れ時の都市をタイムラプスで撮影した動画だ。タイムラプスは、一定間隔で撮影した静止画像をつなぎ合わせてコマ送りにする手法。少しずつ変化していく空の色と街の風景を数十秒の動画に凝縮して、なおかつ鮮明に見られるところが面白い。『百年と一日』は、短い文章の中に長い時間が入った三十四の物語をおさめている。

 まず、タイトルの長い話が目を引く。「一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話」など、タイトルがあらすじのような文になっている。読んでみると確かにタイトルに書かれたことが起こるのだけれども、こんな話だったのかという驚きがあるのだ。

 たまたま降りた駅で引越し先を決めた男の住居遍歴、台風で増水して土手が決壊しそうな川とその周辺の過去、解体する建物に残された誰かの原稿の行方……。いろんな場所、いろんな人、いろんな物が、生まれては消える。生々流転の世界を俯瞰して描きながら、個人の記憶にもシンクロする。

 とりわけ好きだったのは「初めて列車が走ったとき、祖母の祖父は羊を飼っていて、彼の妻は毛糸を紡いでいて、ある日からようやく話をするようになった」。祖母が〈祖母の祖父〉に聞いた風変わりな昔話を孫である〈わたし〉が語りなおす。入れ子構造になった語りが楽しく、登場人物のチャーミングな関係にふれるうちに、自分のなかにも折りたたまれている時間が広がるような心地がする。

 柴崎友香の時間の描き方は独創的だ。『パノララ』(講談社文庫)は、なぜかパノラマ写真に写らない友達が、実は同じ一日を二度繰り返していたとわかる。SFのループものとは異なる味わいがある長編。『千の扉』(中公文庫)は、東京の巨大団地に住む人々の会話を通して、七十年前に空襲で焼き尽くされた土地の記憶が浮かび上がる。時間が経ったとはどういうことかも考えてしまう。

新潮社 週刊新潮
2024年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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