夫婦のセックスがタブーとなった楽園とは

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

消滅世界

『消滅世界』

著者
村田 沙耶香 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309024325
発売日
2015/12/16
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

夫婦のセックスがタブーとなった楽園とは

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

 以前、〈性差万別〉というフレーズを思いついたことがある。性のあり方にノーマルなどというものはなく、あるのは自認と指向の分布だけ。人はそれぞれに変態、それで結構じゃないか。だから性差万別──と誰かに吹聴したところ、「それ、もう斎藤美奈子が雑誌連載のタイトルに使ってるから」と返されてしまったが。

 そんな由無(よしな)し事(ごと)を思い出したのは、本書を読み終えて、これはディストピア小説の一種なのだろうが、何かが普通でないなと考え込んだ折である。

 この小説で描かれるパラレルワールドでは、人工授精の発達によって夫婦間の性行為がおぞましいタブーとなり、人類はわずかに残った性欲を処理するために架空のキャラクターに恋したり、外で「恋人」を作って性器を儀式的に結合させたりしている。だが、主人公と夫はそうした「恋」にも耐えられなくなり、すべての男女が「おかあさん」として「子供ちゃん」を共有する「楽園(エデン)システム」の都市、千葉への「駆け落ち」を決意する……。

 楽園が実はちっとも楽園でなくて高度に管理された抑圧的システムの産物であるというのはディストピア小説のお約束だが、『消滅世界』が特異なのは、誰も、何も抑圧されているように見えないという点だ。東映のお下品大王・鈴木則文の映画『徳川セックス禁止令 色情大名』みたいに「セックスさせろ一揆」が起きたりはしないのである。ヒトはみな自然に、自発的にセックスを放棄し、穏やかに生きている。それもいいよね幸せなら、と言いかけてしまうほどに。

 だが、この小説がディストピア小説たるゆえんは、セックスの消滅が描かれていることではない。あらゆる人間の身体と幸福のあり方がひとつのシステムに収斂し、そのことを誰も疑問に思わない世界、それこそがこの小説におけるディストピアだ。それがさらりと当たり前に描かれているという点こそ、実は一番怖い。

新潮社 週刊新潮
2016年1月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加