高崎で日々をやりすごす男 どこかに辿り着けるのか――

レビュー

8
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薄情

『薄情』

著者
絲山 秋子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104669073
発売日
2015/12/18
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

高崎で日々をやりすごす男 どこかに辿り着けるのか――

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 現代人を包み込む関係性が、すべて表現されている。絲山秋子『薄情』はそんな小説だ。

 地方都市で暮らす青年・宇田川静生が視点人物となる。彼は濃い人間関係に足を踏み入れようとせず、一歩退いて生きている男である。人づきあいの仕方に問題があるのだ。たとえば、ひとの名前を覚えられない。とんでもないときにニヤニヤ笑ってしまい、不謹慎だと睨まれる。そんな男でも、たまには恋愛をする。だが宇田川の恋愛は惰性の産物になってしまい、気がつけば薄情のレッテルを貼られることになる。

 ただし彼の薄情とは、情の否定ではない。情の濃さが求められる場所にいるのが似合わない人間であることを言うのである。都市と都市の間の「どこでもないような場所」を車で走っているときに、宇田川は安心感を覚える。彼にとっては、空気が稀薄であるほどよいのだ。

 父親の名代で葬式に出席した宇田川は、高校の後輩である蜂須賀と再会する。彼女はしばらく大都会で暮らしていたが、郷里に帰ってきたのだ。そんな風に街の内と外とを行き来する者と出会うため、宇田川の周囲の空気は少しずつだが攪拌される。蜂須賀との他愛ない会話も、宇田川に自分が関係性の網の中に存在することを意識させるきっかけになる。空気の薄さを好むからこそ、その網が浮かび上がって見えてしまうのである。そのため、彼の生活にもそれなりの波風が起きてしまう。

 作品内で描かれているのは一地方都市の情景だが、ミニチュアのような人間関係の規模を拡大すれば、それは現代人すべてを搦めとるものに変わる。自分の世界はどこまで続いているのか。それがわからず、自身と社会との境目が見えなくなっている現代人の典型として、作者は宇田川を描いた。絡みつくものから足を引き抜き「どこでもないような場所」に行きたいと願ったことのあるすべての方にお薦めしたい。

新潮社 週刊新潮
2016年1月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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