現代中国・歴史小説家の本命登場! 史実と虚構が混ぜ合わさった武闘小説

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両京十五日 1: 凶兆

『両京十五日 1: 凶兆』

著者
馬伯庸 [著]/齊藤正高 [訳]/泊功 [訳]
出版社
早川書房
ISBN
9784150020002
発売日
2024/02/16
価格
2,420円(税込)

現代中国・歴史小説家の本命登場! 史実と虚構が混ぜ合わさった武闘小説

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 筋力で読ませる小説である。

 確かな時代考証がまず必要だ。史実の縛りから逸脱せずに心躍る物語を組み立てるには、魂の宿った登場人物を舞台に上げ、休みなく動き回らせなければならない。これすなわち、筋力の必要である。現代中国を代表する歴史小説作家・馬伯庸の本邦初紹介作『両京十五日I 凶兆』に漲る生気をご鑑賞いただきたい。

 舞台は西暦一四二五年の明代中国である。当時、明は南京から北京に遷都を行ったばかりだった。四代の洪煕帝は再度の還都を希望し、皇太子の朱瞻基に視察を命じた。だが南京に到着早々、思わぬ危難が襲いかかる。朱瞻基の船が爆破されたのである。

 捕吏の呉定縁によって命を助けられた朱瞻基であったが、今度は南京にとんぼ返りしなければならない事態が出来する。残された日数は僅かである上に、正体不明の暗殺者が波状攻撃を仕掛けてくる。味方は呉や堅物の官僚・于謙、医師の蘇荊渓ら僅かな者のみだ。南京から北京へ。危険な旅が始まる。

 朱瞻基は実在の人物で、後の五代宣徳帝である。この未来の皇帝、気が短くてすぐに爆発する上、腕にも自信があるという人物で、部下に任せてどっしりと構えているどころか、本書の後半では身分を隠して意外な場所に潜入までする。日本で言えば、後醍醐天皇が鎧兜をつけて最前線で闘うようなものだろうか。

 一行の前に立ちふさがるのが化け物じみた強敵ばかりなので、物語は自然と武闘小説の色彩を帯びる。史実とこの虚構の混ぜ具合が絶妙なのである。これぞ明代に成立した通俗小説、いわゆる演義の呼吸だろう。

 日本最大級の翻訳小説叢書〈ハヤカワ・ミステリ〉の通巻二〇〇〇番記念作品でもある。前後編構成、三月中には続刊も出る。最近のハヤカワ・ミステリは英語圏以外の作品紹介にも力を入れており、本命登場の観だ。中国の友よ、日本の読者に胸の轟きをもたらしてくれ。頼んだぞ。

新潮社 週刊新潮
2024年3月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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