3冠『王とサーカス』の到達点の先へと挑む短篇集

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真実の10メートル手前

『真実の10メートル手前』

著者
米澤穂信 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488027568
発売日
2015/12/20
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

3冠『王とサーカス』の到達点の先へと挑む短篇集

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 結末の文章の前に数行の空白がある。私にはそれが、永遠の断絶のように見えた。米澤穂信『真実の10メートル手前』の表題作である。

 米澤が二〇一五年に発表した長篇『王とサーカス』(東京創元社)は、年間を代表する話題作となった。本書は同作の主人公、フリージャーナリストの太刀洗万智が再び探偵役を務める連作短篇集だ。表題作は、万智が失踪した女性の足取りを追う物語である。失踪者は経営破綻した企業に勤めていた人物で、万智は親族からも捜索を頼まれていた。彼女の推理によってある場所へと導かれた読者は、そこで見たもののために絶句するはずだ。時間を凍りつかせるような幕切れなのである。

 太刀洗万智は、非情に徹するには優しすぎる人物だ。その彼女が任務を遂行するさまが、抑えた筆致で描かれていく。「名を刻む死」では老人の孤独死、「恋累(こいがさね)心中」では高校生カップルの心中というように、痛ましい事件に彼女は向き合うことになる。結末で待ち受けるのも安易なハッピーエンドなどではなく、関係者の心に傷を残すような真相だ。それをも万智は受け止め、淡々と職業人としての務めを果たしていくのである。

「日常の謎」と呼ばれるミステリーのジャンルがある。天才的犯罪者による犯行計画ではなく、生活の中で感じるような小さな疑問を題材として謎の物語を成立させるという作品群だ。俗に「人が死なないミステリー」とも言われ、その安心感が読者に好まれてきた側面もある。

 米澤穂信が表題作ほかで扱う謎も、実は「日常の謎」のそれに近く、生活感のある材料によって手がかりが与えられ、論理が組み立てられる。ところがそこで得られる結論は、読者を安心させるどころか、昏い感情を掻き立てるものばかりなのである。そうした形で本書は、「日常の謎」というジャンルを支えるお約束を解体してしまった。後には不確かで不穏で、しかし魅力的な物語が残る。

新潮社 週刊新潮
2016年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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