小説で想定していた場所に東京湾岸警察署が…お台場を舞台にした刑事ドラマ「ハンチョウ」の原作に迫る

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夏空 東京湾臨海署安積班

『夏空 東京湾臨海署安積班』

著者
今野 敏 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414609
発売日
2024/03/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今野敏の世界

[文] 角川春樹事務所


今野敏

 今野敏さんの警察小説「安積班」シリーズの最新作『夏空 東京湾臨海署安積班』(角川春樹事務所)が刊行された。

「安積班」シリーズは、お台場をはじめとする湾岸地域を管轄する警視庁東京湾臨海警察署を舞台に、安積警部補率いる刑事課強行犯係班の活躍を描いた作品だ。

 最新作では、安積班メンバーに加え、国際犯罪対策課、水上安全課、盗犯係、暴力犯係それぞれの矜持にスポットを当てて書かれた短編集となっている。外国人による犯罪、 高齢者の運転トラブル、半グレの取り締まり、悪質なクレーマーなど、社会情勢を取り入れた作品の魅力とは?

 シリーズ20作目となる本作の刊行にあたり、文芸評論家の西上心太さんが、今野さん本人に安積班の始まりやこれまでの歩み、日本の警察小説の原点にいたるまでを聞いた。

■お台場舞台の警察小説シリーズ発想の原点とは

――安積が準主役で登場する『蓬莱』や『イコン』を除けば、本書『夏空』でこのシリーズは二十作目になります。第一作『東京ベイエリア分署』(『二重標的 東京ベイエリア分署』に改題)の刊行が一九八八年でしたが、そもそもお台場を舞台にした警察小説を書こうとしたきっかけは?

今野敏(以下、今野) 当時お台場は開発途中で、これからいろいろな施設ができてくる予定でした。次に高速道路を走り回るパトカーのイメージがわきまして、湾岸をくまなく管轄する警察署があったら格好いいなと。エド・マクベインの「87分署」シリーズが好きでしたし、日本には分署という組織はありませんが、ベイエリア分署というタイトルがぱっとひらめいて。

――三冊出たところで一時中断して、六年ほどブランクがあった後に安積班ごと神南署に引っ越しますね。

今野 最初の版元の倒産があったり、お台場の開発も頓挫したりで、いっとき書く気が失せてました。その後『蓬莱』と『イコン』で安積を神南署の刑事として登場させました。当時代々木公園に変造テレホンカードを売る外国人が大勢いて、社会問題化していました。そこで神南署をその近くにある署に設定して安積班ごと引っ越しをさせました。

――神南署は二作で終わり、二〇〇〇年に角川春樹事務所から刊行された『残照』から再びお台場に戻って現在に至っています。こうしてみると社会情勢に左右されたシリーズですね。

今野 仰るとおりです。でもシリーズものは社会情勢でも何でも、ネタを見つけられないと続けられないから必然的に反映されるようになりますね。

――東京ベイエリア分署の正式名称は最初から東京湾臨海署ですが、お台場に戻った時もまだプレハブの二階建てでした。隣に七階建ての立派な新庁舎ができて引っ越すのは『夕暴雨』(二〇一〇年刊)からですね。

今野 『夕暴雨』の連載が始まる少し前の二〇〇八年三月に、東京湾岸警察署が開署しました。私が臨海署の場所として想定していたのと同じ場所に建てられたので驚きましたね。あとから聞いたのですが、署の名称を公募したところ、その中には臨海署というのもあったそうで、そうなっていたら面白かった。小説の中でも大規模な所轄署になりましたが、いまだにバラック建てで、安積が靴音を立てながら外階段を降りて来るというイメージがあります。

――神南署が舞台になるテレビドラマの「ハンチョウ」が話題を呼び、シリーズへの注目もさらに増しました。ドラマのオリジナルキャラクターの女性刑事・水野を小説にも登場させました。

今野 テレビを見てからの読者にとって、原作を読んだら彼女がいないというのではおかしいなと思って登場させることにしました。須田と水野を同期にしたのはドラマと関係のない、オリジナルの設定です。彼女もいいキャラクターに成長したと思います。

■短編小説を書く楽しさと難しさ


西上心太

――お台場に戻ってからは、長編と短編をほぼ交互に刊行されていて、今回は十編が収録された短編集です。ふだんあまり目立たない脇役がクローズアップされたり、各編に胸を打つ台詞があったり、印象深い作品ばかりでした。

今野 特にシリーズ短編はそういうことができるのがいいですね。でも書く方は大変で、短編一編でも長編と同じくらいのエネルギーが必要ですので、短編連載の年は苦労します。長編の連載の方が楽といえば楽ですね。

――読む方はそういう苦労に気づきません。気づかせないのがベテランの腕なのでしょうけど。

今野 もともと短編を書くのが好きということもあります。書いていて苦労は多いが楽しい。最近は出版事情が良くないし、短編集になるのかも未知数なので書かない人が多いけど、短編は本当に勉強になるので、若い作家も書いてほしいですね。

――短編の方が決め台詞や格好いい台詞が目立つ気がします。一編に一つは必ずある。

今野 小説ってそういうものですよ。長編でも決め台詞は一つか二つ。短編だと短い中で一つは必要なのでそこは大変ですが、短編集全体で読むと長編よりこちらの方が多くなるのでかえって贅沢です。

――今野さんは警察小説を以前から書き続けてきましたが、「このミステリーがすごい!」のランキングを眺めていても、最初の十年くらいは警察小説がほとんどなかったことに気づきました。大沢在昌さんの『新宿鮫』と高村薫さんの『マークスの山』くらい。

今野 大沢さんの『新宿鮫』は警察小説というよりハードボイルドアクションだよね。

――横山秀夫さんが二十世紀末に出てきて、捜査畑じゃない警察官が主人公の警察小説で注目されて、それから今世紀になって警察小説がミステリーのジャンルとして大きく注目されるようになりました。

今野 いまの警察小説は横山さんが作ったと思います。自分もずっと書いていたけどあまり読まれていなかった。横山さんのおかげで皆さんがこのジャンルを読んでくれるようになった、そんな気がしてます。六〇年代には藤原審爾さんの「新宿警察」シリーズがあったけど、それ以外にチーム捜査を基本とした警察小説がなぜなかったのかと考えていて、ある時気がついた。池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」があった。日本人はあのシリーズで皆満足していたのじゃないでしょうか。

――それは卓見かも。横山さんと今野さんは中興の祖かもしれませんね。ともあれこのシリーズの短編を読んでいると、江戸の市井小説のような味わいを感じる時があります。

今野 そのへんも鬼平の影響があるかも。警察小説って何でも盛り込めるいい器なんですよ。警察官が中心にいれば、捜査小説はもちろんのこと、家族小説にもなるし犯罪小説にも恋愛小説にもなる。非常に使い勝手がいい。犯罪以外のところにもドラマがある。警察内の人間関係、上下関係、組織と個人の対立とか、たぶんそちらを描く方が面白い。

――今野さんは現在警察小説だけでも十シリーズくらい書いていますが、本シリーズに対する思いはいかがでしょうか。

今野 とにかく警察小説を書きたかったので、これを書き始める時は嬉しくてしかたがなかった。その時からこれはライフワークにしようと思っていました。このシリーズだけは死ぬまで書き続けるつもりです。

【著者紹介】
今野敏(こんの・びん)
1955年、北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て専業作家に。2006年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、2008年に『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。2023年、日本ミステリー文学大賞を受賞。著書に「東京湾臨海署安積班」「任?」シリーズなど多数。

【聞き手紹介】
西上心太(にしがみ・しんた)
文芸評論家。1957年生まれ。東京都荒川区出身。早稲田大学法学部卒。同大学在学中はワセダミステリクラブに在籍していた。日本推理作家協会員でもあり、数々の推理小説で巻末解説を担当している。

構成:西上心太 写真:島袋智子

角川春樹事務所 ランティエ
2024年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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