市場経済の狭間のしなやかな生業

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和の国富論

『和の国富論』

著者
藻谷 浩介 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784103353720
発売日
2016/04/22
価格
1,296円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

市場経済の狭間のしなやかな生業

[レビュアー] 宇都宮浄人(経済学者)

「地域」モノの書物は多い。政府が「地方創生」の音頭を取り、世の中が「地方創生バブル」に踊っているのではないかとさえ思う。例えば、プレミアム付き商品券の発行が「地方創生」だと言われれば、疑問を抱かざるを得ない。

 ただ、ここで斜に構えてはいけない。地域の問題はあまりにも根が深い。自分の知識、体験の範囲の中でわかることは限られている。本当に困っている人を減らし、子や孫の社会を考えて一つ一つ問題を解決しようとするならば、まずは色眼鏡をかけずに謙虚に学ぶしかない。

 本書は、日本全土を隈なく訪れ、地域再生の提言を続ける著者が、6人の「現智の人」と対談した記録である。前著『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』の続編と言っていい。「現智の人」とは「特定の分野の『現場』に身を置いて行動し、掘り下げと俯瞰を繰り返した結果、確固たる『智恵』を確立している人」とのことで、今回もはっとさせられる語りに目から鱗が落ちる。

 とはいえ、それだけであれば、類書の「地方創生」事例集とさほど変わらない。経済学批判の言葉が時折飛び出し、理性的な読書人にはむしろ刺激が強すぎるかもしれない。「そもそも国富とは」などと大上段に構えてマクロの議論をしたい読者も、一瞬戸惑うだろう。

 けれども、本書は、ミクロで尖った体裁を取りつつも、実は、幸せな地域社会を、今日の市場経済というシステムの中で実現するための、しなやかな術と希望を伝えている。扱うテーマは、林業、漁業、空き家、教育、高齢化など、市場経済システムから落ちこぼれ、行き詰まりがみられる分野である。本書の魅力は、そうしたところで、緩やかに市場を活用しながら、一定の儲けを出し、持続可能な形の生業を模索する姿にある。

 ともすると我々は、「市場原理か否か」のような二項対立の不毛な議論に陥りやすい。アダム・スミスの「見えざる手」が独り歩きし、限りなく自由放任の経済社会に理想を求める者もいる。けれども、経済学者として一応断っておけば、経済学では市場が機能しないケース、「市場の失敗」も学ぶ。

 悩むところは、市場経済にどこまで任せ、公的組織あるいは非営利活動の力をどこまで借りるかというところである。評者は書名をみたとき、「市場原理」批判に偏っているのではないかと勘繰った。けれども、そんな発想自体が二項対立で物事を考える色眼鏡であった。

「現智の人」たちは、経済学者や政策担当者と違い、市場のど真ん中にいる。考えてみれば当たり前のことだが、農業や漁業は日々市場で取引されるという市場経済そのものである。そこで、収支が合わなければ生業を持続することはできない。科学的な根拠を持ちつつ、日々の市場に向き合うしかない。「広葉樹林が良い」、「ノルウェーの漁業を見習え」といったうわべの知識による対症療法ではいけないということを知らされる。空き家問題も、大仰に考えず、「現代版家守」という発想で始めた小さなビジネスが、遊休不動産を活かし、街の再生につながるということもわかる。

 ただ、実際の政策対応に、「現智の人」の考え方は活かされていない。対談から飛び出すさまざまなキイワードは、地域のこれからを深く考えさせられる。市場経済システムを前提としたうえで、果たして何が重要なのだろうか。

「和の国富論」という書名の解釈は読者に委ねるが、評者は、対談者の共通した指摘として、目先のことに囚われない長期の視点、型にはめこまない多様性、コミュニケーションや互助(利他的行動)に基づく人間関係という3点を特に強調しておきたい。「市場原理」の名の下、見落とされがちなこれらの点に、地域社会・経済再生の鍵として「和」があるのではないか。アダム・スミスを読んだ経済学者も同意するに違いない。

 ちなみに、「互助」は経済学的でない語感だが、近年の行動経済学では、人間の行動原理には、「市場規範」(個々人の利益追求という伝統的な経済学の行動原理)以外に、「社会規範」があるとされている。つまり、人は、他者の利益や他者との関係、互酬性に基づいて行動するという考え方である。本書で語られる「ふるさとの会」の高齢者施設は、高齢者同士が助け合う仕組みをつくり、「満室経営」による家賃収入で生業が成立している。「社会規範」という行動原理が市場経済システムに緩くはまった良い例であろう。

「地方創生」に踊っている人もそうでない人も、今の市場経済システムに疑問を持つ人もそうでない人も、本書を手にとってほしい。

新潮社 波
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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