ベテラン対象、作風多彩、柴田錬三郎賞
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
「眠狂四郎」シリーズで知られ、剣客ブームを巻き起こした作家の名を冠しながら、時代小説にかたよらない、広範囲にわたるジャンルの受賞作を送り出している、ベテラン作家対象のエンターテインメント系文学賞が柴田錬三郎賞です。
第一回(一九八八年)が髙橋治『別れてのちの恋歌』『名もなき道を』、第三回が皆川博子『薔薇忌』、第九回が連城三紀彦『隠れ菊』、第十一回が夢枕獏『神々の山嶺(いただき)』、第十八回が橋本治『蝶のゆくえ』、第二十三回が吉田修一『横道世之介』、第二十五回が角田光代『紙の月』、第二十八回が中島京子『かたづの!』など。
現在の選考委員は伊集院静、長部日出雄、桐野夏生、津本陽、林真理子で、恋愛小説、歴史小説、時代小説、ミステリー、冒険小説、純文学系、ファンタジーと、こうして過去の受賞作をざっとピックアップしても、その作風が多彩なことが目を引く文学賞なんです。
先頃発表された最新受賞作(第二十九回)、井上荒野の『赤へ』は、短篇集。死が、本人のみならず周囲の者たちにももたらす様々な作用を浮かび上がらせる十篇が収録されています。自殺した女性の夫と母親が、それぞれに抱く心情を細やかに描いた表題作。八十三歳で膵臓癌に冒されるも、延命治療は拒み、死を従容として受け入れているように見える母の姿を娘の目から映し出す「母のこと」。派手ではありませんが、読後、心に残る作品ばかりで、受賞にふさわしい一冊です。
で、ですね、文学賞というのは、それを主催している出版社から刊行された作品が受賞するケースが目立つんですが、柴錬賞の場合、賞を設立した集英社から出た受賞作は、全二十九回のうち八作なんです。直木賞あたりと比べると非常に良心的な自社率です。
山本周五郎賞、直木賞、吉川英治文学賞というエンタメ三冠を達成している、人気作家の宮部みゆきにいまだ授賞していないのが不思議ですが、それすら美点といえるのかも。一般的には売れていなくても、あくまで良質な作品に光を当てよう、常にそのことに心を傾けているのがよくわかるからです。もっと注目されていい文学賞と思います。